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【番外編】八雲とミナミ 2

夢なんじゃないだろうかとこんなに疑ったのは、間違いなく今日が初めてだ。 俺は昨日、大学帰りに捨て猫を拾って自分の部屋に連れてきたところまではしっかり覚えてる。 証拠に買ってきたキャットフードの袋は開封されてるし、飲み水だって用意されたままだ。 それなのに、今、俺の目の前にいるのはどう見ても人間の男。 高校生ぐらいだろうか……その少年は琥珀色の瞳を瞬かせ、俺を捉えて離さない。 「あの……おなか……」 少年から発せられた声に我にかえる。 俺がミナミの名付けた子猫はどこに消えた? 「いま、待って、お前誰?どうやって入った?」 改めてその少年を観察すると、俺が引っ張り出してきた毛布を肩にかけてるだけで、その下は何も身につけていない。 冷静に考えて、真っ裸の少年が知らぬ間に部屋に上がりこんできたというのは、かなり危機的状況に陥っているのではと警告音が脳内で鳴り響く。 「え?」 俺の質問に対して少年は本気で何を言ってるのかわからないらしく、ぽかんと口を開けたままフリーズしてしまった。 いや、そこで固まられると俺もどうしていいかわかんないから…。 ただ、悪意のある人間ではない、と思う。 それが唯一の救いといえば救いか。 「もしかして、もう忘れちゃったんですか…?」 「は?」 「昨日、助けてくれて」 「助けた?俺が、君を?」 「ミナミって名前までもらったのに……」 信じたくないけど、本当に信じたくないけど。 もしかして、昨日連れて帰ってきた、あの子猫なのか? 「……ミナミ?」 「は、はい!」 名前を呼べば、それはもう嬉しそうに顔をぱっと明るくさせて。 「あっ」 「え」 ぽんっと頭から耳と、尾てい骨あたりから尻尾が現れた。 「まだ、その、コントロールが苦手で……嬉しくなると出ちゃう」 「あ、そう……」 いや、なんか当たり前に説明されたけど、非現実的すぎてまだ受け止めきれてないのが正直なところだ。 でも、それを言ったらミナミは悲しむだろうからぐっと言葉を飲み込んだ。 別に、見ず知らずの奴に我慢なんてしなくてもいいのに。 「えっと、とりあえず、ご飯にしようか」 「!」 嬉しそうにしてる顔と、ゆらゆら揺れる尻尾を見て、不覚にも可愛いと思ってしまった。 「ミナミ…は、何食べるわけ?」 「えっと……んぅ……同じで、大丈夫、です」 「同じ?俺と?」 急にしおらしくなったミナミが、上目遣いでこくんと頷く。 人間の姿になったらキャットフードじゃなくてもいいらしい。 あ、そうか。 「ごめんごめん。俺、八雲っていうの」 「やくも、さん」 「そう、八雲さん。名前がわかんなくてちょっと困っただろ?」 「え、わかったの…?」 「そりゃあ、あれだけわかりやすければな」 「そっか」 そう言って、ミナミははにかんでまた尻尾を揺らす。 正直、めちゃくちゃ可愛い。 男色の気はないと思ってたんだけど……連れて帰って面倒を見た弱み、なのかこれは。 俺はあまり深く考えないように思考をシフトチェンジして、ミナミに着させるための服を探した。 トレーナーは大人しく着てくれたけど、尻尾にストレスを感じるらしく下着を嫌がってなかなか履いてくれない。 「履いてくれない子にはご飯なしだけど、いいの?」 「え……」 「履いてくれたら、嬉しいんだけど」 「履いたら、やくもさん嬉しくなる…?」 「なるなる。八雲さんが嬉しいとお前も嬉しいだろ?」 「ん……」 可愛い。 そしてチョロい。 しかめっ面になりながらも下着に脚を通して、なんとか履いてくれた。 スラックスも履かせたいところだけど、機嫌が悪くなっても困るからやめておくことにする。 「ご飯用意する間、大人しく待てる?」 「ま、待てます!」 さっきから、俺の心臓がきゅっと締め付けられてばかりだ。 ごまかすようにミナミの頭をくしゃっと撫でたけど、逆効果だった。 ご飯といっても大層なものではなくて、白米に作り置きしていた野菜炒めと味噌汁。 質素な献立だったけど、ミナミはおいしいって何回も言いながらぺろりと平らげた。 ちょっと料理のレパートリー増やそうかなと思ったのは秘密にしておこう。 食後、いつもなら大学へ行く準備をするけど、さすがに今日は自主休講。 今日は金曜日だから、土日の間にどうするかを考えないと。 「やくもさん……」 「ん、なに?」 満腹になって満足したのか、ミナミは床に丸まってすやすやと寝始めた。 どうやら、さっきのは寝言だったらしい。 「……まいったな」 俺はミナミに惹かれ始めてるのを、はっきりと自覚した。

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