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自覚 1

俺が弓道教室に通い始めたのは、右京さんに誘われたのがきっかけだった。 鳳条の家から実父母の家へ戻ってきた後、家にいる時間が少なくなり、いわゆる不良になって過ごしていることが親戚や書道家界隈に伝わり始めたころ。 父親が銅の弓道教室に通っていたということがあり、俺の惰性を聞きつけた跡取りの右京さんが、個人的にコンタクトを取ってきた。 「家に帰るのが嫌なら、ここに来ても変わりませんよね?」 家にいる時間をどこかで潰せるならなんでもよかった俺は、右京さんの誘いに頷いた。 それに、いちいち面倒くさい女の相手をしなくても済むし、一石二鳥だなと軽く考えていたんだけど。 実際にやり始めたら、右京さんはかなり厳しかった。 姿勢が悪ければ背中を叩かれ、舌打ちをすれば「八雲」と名前だけを呼び(凄みがあって初めて聞いた時はびびった)、練習をさぼった翌日にはこんこんと詰められ説教をされた。 初めはやっぱり誘いに乗らなければよかったと思っていたけど、俺に対して本気でぶつかってきてくれる人だと認識を改めたら、少しずつ右京さんを信頼していった。 矢吹と立花幼なじみ組も俺が入ったときにはすでにいて、最初はあまり話しかけてこなかったのにどんどん絡んでくるようになって。 少しずつここの環境に慣れつつあったけど、そんなにすぐ変われるはずもなく、練習のない日は相変わらずの日を過ごしていた。 でも、そのおかげで南と出会うきっかけになったし、今となっては結果オーライ。 南が弓道教室に通うようになってからは、俺が少しずつ変わっていったのは自覚してるし、自他ともに認める南バカになっていった。 当時荒れてた俺でも、さすがに好意的に話しかけてきてくれる年下の幼気な少年を無視することはできなかったわけで。 面倒くさいと思ったときに軽くあしらうと、あからさまにしょんぼりするものだから、俺の残された少しの良心が痛んでいった。 南と再会した年の冬。 その日の俺は連日続く氷点下の気温のせいで、寒い弓道場に寄らなくなっていた。 右京さんには風邪をひいたと仮病をつかい、家にも戻らず友だちの家に泊めてもらったり女とホテルで一夜を明かしながら、南にはバレたくない後ろめたさという感情を初めて知った。 朝、ホテルからチェックアウトしたあとはすぐに別れるのに、その日は駅まで送ってくれとしつこくせがまれ渋々了承して送り届けることにした。 「ねえ、今度いつ会える?」 「さあ、いつかな」 「久しぶりだったのに冷たくない?」 「別にお前に優しくした覚えはないけど」 「ふふっ、八雲そういうの好きだもんね」 「まあ、うん、そういうことでいいや」 「また今度シようね」 そう言って、そいつはあろうことか公衆の面前で俺にキスをして、颯爽と改札を抜けて行った。 次は永遠にこないなと思いながら舌打ちをし、来た道を戻ろうとしたらこっちを睨んでいる大也が、いた。 「お前、朝からなにしてんの?」 「……見たらわかるだろ」 「ちょっとこっち来い」 大也は顎をくいっと持ち上げて、有無を言わせず雰囲気に珍しく気圧されされて人気の少ない路地裏までお互いに黙って歩いた。 「……で、なにしてた」 「改めて聞くほどバカじゃないだろ」 「お前の口から直接言わせたい」 なるほど、この男はとことん追い詰めるタイプらしい。後ろめたさを感じていたことに、自分の口から話せと。 「いい性格してるね」 「無駄口を叩くな」 大也は腹の底から絞り出したような低い声で、静かに怒りを露わにした。 南とよく似ているはずの猫目は鬼のような凄みをきかせ、握られた拳はわなわなと震えている。 今にも殴りかかりそうな感情を、理性で無理やり押さえつけてるのが嫌でも伝わった。 「……女と寝た」 「どこで」 「ラブホ」 「風邪、治ったんだな?」 なんで知ってるんだ、という言葉を出す前に直前で飲み込んだ。 南が心配そうに大也に話している姿が、簡単に脳裏に浮かんだからだ。 「悠太がどれだけお前のこと心配してたのか、わかってんの?」 わかる。わかってしまった。 眉を下げ、泣きそうな顔をしている南。 大也の一言ひとことが、俺の心臓を容赦なく(えぐ)る。 南は携帯電話もスマホも持っていなかったから、俺に連絡することができずに心配していたと思う。 「毎日のように、お前の心配をしてるんだけど」 「……」 「いや、違うな。お前みたいなクズの心配をしてあげてるんだ。俺の、可愛い弟は」 わざと言い直して俺を貶し、南は大也の大切な存在なんだと突きつけてきた。 何も言い返せない。情けなくて、この場から逃げ出したくなる。 浅はかで、救いようのないクズで、初めて自分のしてきたことを後悔した。

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