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朱の桜 1

「卒業証書、授与」 静かな体育館の中で、校長先生のちょっと硬い声がマイクを通して響く。 3年間通い続けた中学も、今日で卒業。 オレの隣に座ってる柳は、まだ10時なのにお腹を鳴らしていて呆れた。 結局、柳とは3年間クラスが一緒、出席番号もずっと隣だった。 高校受験は、八雲さんが通ってる大学に近い高校がそこそこ偏差値が高くて猛勉強。 八雲さんに会えない日もあったから、会えたときはとにかく好きをアピールしまくったんだけど、なかなか応えてくれなくて諦めモード。 全然押しに弱くないじゃん!って矢吹さんに言いたかったけど、完全に当てつけだし、何も悪くないし…と思い直して柳にぽろっと零してしまったら、八雲さんに会わせろと面白がってきたのがついさっき。 こんな奴と高校まで一緒かと思う反面、なんだかんだ3年間一緒だったから安心している自分もいてちょっと複雑。 柳に言ったら絶対からかってくるから死んでも言わないけど。 次々と生徒の名前が呼ばれていくなか、オレの頭は八雲さんのことばかり考えてしまう。 今日、もう一度好きと伝えて、それでも応えてくれなかったら諦めよう。 好きだけど、本当に大好きだけど八雲さんの負担だけにはなりたくない。 いくら八雲さんが優しいからって、この先何年も好きって言われ続けたらさすがにストレスになるに決まってる。 それに、オレは男だし…八雲さんとお似合いの女の人がこの先現れる可能性だってあるし、このへんが引き際だと思う。 自分で決めたことなのに心臓が痛くなって涙が出そうになるのを慌てて止めて、他のことを考えようと柳のほうを盗み見た。 さっきまで眠そうにしていたくせに、オレの心を読めているかのようにこっちを向いていて。 「お前、わかりやすすぎ」 「え?」 「本当にいいのかよ」 「っ…」 言い返す前に、タイミングよくマイク越しからオレの名前を呼ぶ声がして、慌てて返事をして起立する。 視界の端で柳がくすっと笑う姿が見えて悔しい。 卒業証書の授与は思ったよりあっさり終わった。 もっと感慨深くなるかなと思ったけど、実際はこんなものかと納得した。 みんなで歌う卒業曲は、何人か泣いている人がいてオレもちょっとつられそうになったけど、いかんせん隣が柳だからぐっと堪える。 隣に柳がいるだけで情緒が消えるからいい迷惑だ。 「お前、ちょっと泣きそうになってただろ」 卒業式が終わって開口一番、にやにやしながら言われた。 やっぱり柳は嫌いだ。 みんなの荷物がなくなって空っぽになった教室とは対照的に、いろんなメッセージやイラストで埋め尽くされたカラフルな黒板がなんだか寂しく見えて。 あんまりじっくり見ないようにスマホで写真を撮って、みんなへの挨拶もそこそこに教室を出た。 「俺おいていくとかひどくね?」 下駄箱で上履きを袋にしまい、スクールバッグに詰めて靴に履き替えていると、柳に声をかけられた。 「柳とは高校でも会えるじゃん」 「高校でも会ってくれるんだ?南ってば優しい」 「もう!いちいちからかわないでよ」 「拗ねるなって。本当は嬉しいんだろ?」 「……」 「あーほんと心配になるぐらい素直でいい子な」 別に柳に心配されなくたってオレには八雲さんがいるし、と言おうとして口をつぐむ。 アピールし続けて、八雲さんに嫌われたらどうしよう? せっかく八雲さんの通ってる大学に近い高校を選んだのに。 「なにしみったれた顔してんだよ」 「わ、ちょっと!」 犬にやるかのように、頭をわしゃわしゃとされて抗議の声をあげる。 「ほら、行くぞ」 「え?」 「好きなんだろ?」 「……うん」 本当に、柳の言う通りだ。 八雲さんにはっきり断られたその時に諦めればいい。 オレは、まだ拒絶されたわけじゃない。

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