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朱の桜 2

校舎から出て八雲さんの姿を探す。 うちの息子とぜひ記念写真を撮ってほしいと、母親直々に八雲さんへお願いをしたらしいから、どこかにいるはず。 「ねえ、あの人かっこよくない?」 「誰かのお兄さんかな」 「ああいうお兄ちゃん欲しかった〜」 という女子の会話が聞こえ、視線の方を見てみればビンゴ。 イケメンって罪な存在なんだなと思い、ちょっとの優越感を抱きながら八雲さんに近づく。 「八雲さん」 「南…と、友だち?」 「オマケがいてすいません」 「おいコラ誰がオマケだ」 「仲いいんだね」 「そうなんですよー嫉妬します?」 「ちょっと、柳!」 「ああ、南がよく話してくれる柳か」 「柳です。南の親友の」 初対面で挨拶して早々になぜか火花をバチつかせてる2人に、慌てて仲裁に入る。 たしかに八雲さんにも柳にもこういう人がいるって話してたけど、なんかムカつく要素でもあったのかとちょっと不安になった。 柳は八雲さんを一瞥したあと、指でこっち来いとジェスチャーされ、八雲さんに背を向けて肩を組まれた。 「八雲さん、想像の倍イケメン」 「だから言ってるじゃん」 「は〜仲人も楽じゃないね」 「なに言ってんの?」 なんのことを言っているのか理解できないまま、オレの肩から柳の腕が離れた。 そんなオレたちを、八雲さんはおもしろくなさそうな顔で見ていてちょっとびっくり。 そういえば、八雲さんの笑ってる顔以外の表情ってあんまり見てないかもしれない。 もっと言うと、オレ以外の人と話してる時の八雲さんって、笑ってないかも…。 期待、しちゃってもいいのかな…。 自惚れじゃないよね? もう一度八雲さんを伺えば、その視線はオレじゃなくて柳に向けられている。ように見える。 これだけ八雲さんの一緒にいたのに、全然気がつかなかった。 だって、それがオレにとっての当たり前だったから。 そのことにやっと気がついた瞬間、胸の奥がじんわり暖かくなってきた。 伝えたい。八雲さんにこの気持ちを。 「礼は言わない」 「お礼してほしくてやったわけじゃないんで」 八雲さんと柳が短い会話を交わし、八雲さんはオレの手をとって来て、と促される。 連れてこられたのは人気がない、校舎の裏側。 西日にあたる満開の桜が等間隔に植えられいてキレイだ、と思う。 未だ繋がれた八雲さんの手は大きくて、たくましくて、今さらになってドキドキが全身に伝わって。 「八雲さん、手…」 「え?ああ……俺と繋いでるの、いや?」 「い、イヤじゃない!…です」 「よかった……このまま聞いてほしいんだけど」 握手のようにして繋がれていた手は、八雲さんの長い指で恋人繋ぎに変えられて、びっくりして思わず顔を伺う。 「八雲さん…?」 「今までずっと、逃げててごめん」 「え…?」 「南から好きって言われるたびに嬉しかったし、本当は応えてあげたいって思ってた」 「え、え?」 「南はまだ中学生で、多感な時期で、まだ本当の好きがわからないんだと思ってたし、南の可能性を俺で潰してほしくなくて……気づかないフリをしてた」 「……」 八雲さんがあまりにもまっすぐ真剣に伝えてくるから、息をするのも忘れそうになって。 さっきまであったかく感じてた手も、今は緊張のせいか少し冷たい。 「南が俺を避けてた時期、正直けっこうしんどかった」 「……うん」 「また諦めずに好きって言ってくれるようになって、南のためを思うなら…応えてあげるべきだなって思った」 冷えてきた八雲さんの手は次第に震えも混ざりはじめて、相当緊張してるんだなっていうのが痛いほど伝わって。 少しでも安心してほしくて、伝わるかわからないけどきゅっと握る手に力を込めた。 八雲さんはオレを見て、ありがとうと言って笑った。 眉が下がってちょっと困ったよに笑ったその顔は、オレの心臓めがけてまっすぐ射抜かれた。 「卒業式のあと、南の気持ちに応えようって決めてたんだけど……さっき柳に焚きつけられて、我慢できなくなった」 「え、柳が?」 「年下に煽られてなんて情けないけど…」 ここで言葉を切って小さく一呼吸をし、オレは次の言葉を待つ。 「――南のことが好きです。まだ俺に好意を寄せてくれてるなら、付き合ってほしい」 西日がオレのいる世界を照らして、桜も八雲さんの頰も、鮮やかな朱色に染まった。

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