219 / 238
朱の桜 3
八雲さんに好きだ好きだと伝え続けてきた。
想いが実ればいいと思ってたから。
オレが好きって伝えて、八雲さんから「俺も好きだよ」とか「いいよ」って返事をもらえる想像しかしてこなかったから、逆告白のことなんか全然頭になかった。
しかもいざ告白されると、嬉しいより疑う気持ちが先に出てきた。
そのことに、自分で自分に驚く。
八雲さんの手は相変わらず冷えていて、ちょっと震えていて、心臓がきゅって締め付けられる。
「本当に、いいの…?」
恐る恐る聞けば、八雲さんは眉をさげてふにゃっと笑った。
オレはその笑顔に、今日2度目の心臓を射抜かれる。
「俺が南と付き合いたいんだ」
死ぬまでに好きな人から言われたいセリフTOP3を、なんの違和感もなく言えちゃう八雲さん。
その言葉が、脳内で山びこのよに反芻されて響いた。
か、かっこいい…。
優しいし、気遣いも完璧で、本当にいい男って八雲さんのことだと本気で思う。
「うー…」
「あはは、なんで泣くんだよ」
「だって…八雲さんがかっこよくて、好きが止まらない…」
「えー?はは…なにそれ、ほんと可愛い…」
八雲さんが覗き込むように屈んで、オレの顔を覗き込む。
すっと手を伸ばしてきて、親指で優しく涙を拭ってくれた。
「好きぃ…」
「俺も好きだよ」
「本当に、オレ、一生八雲さんのことだけ好き」
「うん。嬉しい」
「嫌だって言われても、八雲さんのこと離しませんから」
「いいよ、俺もずっと南の隣にいたい」
「う…う、浮気とかしたら…嫌いになりますからね!?」
「それは困かな。…南ってけっこうワガママなんだな」
「そうですよ、ワガママなんですよ、いいんですか?」
「いいよ、その方が燃える」
何を言っても100点満点の返しをされてしまって、なぜかオレが説得される立場になっていることに気がついた。
顔だけじゃなくて口も性格もいいイケメンって怖い…。
「ふ……」
「ふ?」
「不束者ですが…よろしくお願いします…」
「ん…一生大事にする」
顔が、耳が、首が、指先が燃えるように暑い。
まさか本当に想いが通じ合えるとは思ってなくて、その先のことを全然考えてなかった。
これからは、恋人同士として八雲さんと接していくんだ。
……恋人同士って、何をするんだろう?
「南?どうかした?」
「え、いや…こ、恋人同士って、何をするのかなと…」
声に出して恋人同士って言うのがまだ慣れなくて恥ずかしい。
八雲さんの顔をまともに見れないし、ガキっぽいって思われたかも。
「――南は、俺と何をしたい?」
さっきまで優しい声をしていたのに、急にちょっとトーンが落ちた八雲さん。
びっくりして顔を上げれば、いじわるそうな顔で笑っていた。
そのギャップにどぎまぎしつつ、何をしたいか頭を回転させて考える。
「2人で出かけたりとか…?」
「もうしてるじゃん」
「手つないだり」
「多くはないけど、それもしたことあるよね」
「だ、抱きついたり」
「お構いなしに抱きついてくるじゃん」
「〜っ、じゃあ!キスでもしてくれるんですか!?」
ヤケになってそう言った瞬間、八雲さんの目が細められてにやりと笑う。
「なるほどね、南は俺とキスをしたいんだ」
「ちがっ…今のは勢いというかですね」
「じゃあしたくないの?」
「そ、それも違いますけどぉ…!」
八雲さんに振り回されて、恥ずかしくて涙が出てきそうになる。
たまに八雲さんってSだなって思う時はあったけど、ここまでドSになるとは思わなかった…。
「俺は南としたいよ、キス」
「っ!」
「だめ?」
ず、ずるい!本当にずるい!
オレのことを気遣って、八雲さんのほうからお願いしてきてくれる。ずるい、かっこいい。
断る理由なんて、あるはずない。
オレが小さく頷くと、八雲さんは「ありがと」と言って、アゴに手を添えられて――いわゆるアゴくいをされる。
近づいてくる八雲さんの表情は嬉しそうにも切なそうにも見えて、ああ、オレと同じなのかなと思った。
鼻と鼻がくっつきそうなぐらい近づいたところで、八雲さんがぴたっと動きを止める。
呼吸が重なり合って、心臓が人生で一番うるさく鳴る。
「目、とじなくていいの?」
その小声はちょっと掠れていて、えろくて、背中がゾクゾクして、地面に脚が着いている感覚がなくなって。
「とじます……」
「ん」
ゆっくり瞳を閉じて、3秒後。
ファーストキスは優しくて、柔らかくて、だけどすごく熱くて、ちっとも甘酸っぱくなかった。
ともだちにシェアしよう!