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なにはさておき 1
八雲さんと結ばれたあと、家族と合流して校門の前で記念撮影をした。
オレと八雲さんの様子を見て察したのは柳と兄ちゃんで、両親がいる前だったからそんなに茶化されずに済んだのは幸いだった。
「今夜って予定ある?」
「家族がレストラン予約してくれてるみたいです」
「そっか、明日は?」
「特に予定はないですけど…」
「じゃあ、昼ごろ家まで迎えに行くから。夕飯楽しんできて」
写真撮影も挨拶も一通り終わったあと、八雲さんがこそっと話しかけてきた。
今夜は予定があると知ると、さらげなくきゅっと手を繋がれて、手のひらを親指でなぞりながら離れていく八雲さん。
驚いて八雲さんの顔を見ると、いたずらに成功した子どもみたいた顔をしていて、オレはその上級テクニックにときめきと恥ずかしさと恐ろしさで心臓がうるさかった。
その様子をばっちり目撃していた兄ちゃんから、しばらくからかわれたのは言うまでもない。
両親が予約してくれていたレストランでは、オレが無事に卒業できたことをみんな喜んでくれた。
小学生の時ちょっとしたいじめに遭っていたことを、今でも気にしていたみたい。
恥ずかしかったけど、家族が喜んでくれて悪い気は全然しなかった。
今までお願いごととかワガママをあんまり言ってこなかったから、勢いでスマホが欲しいって伝えてみたら笑顔で承諾してくれたし、なんなら「いつになったらお願いごとしてくれるのか待ってた」とか「欲しいと思ってたなら早く与えればよかった」とか言われて思わず笑っちゃった。
ということで、午前中父さんと一緒にスマホの契約をしに行って、家に着いたのは12時半を過ぎた頃。
「八雲さん!」
「あ、南おかえり」
「いらっしゃい八雲くん」
「お邪魔してます」
父さんは軽く挨拶を済ませたあと、後で連絡先のアカウントを教えてと言い残して自室へと上がっていった。
「おー悠太おかえり。アカウント作った?交換しよーぜ」
「アカウントは作ったんだけど…」
「なに?」
「あの…怒らない…?」
「俺がはるちゃんに怒るわけないだろー?」
「えっと…連絡先は、一番最初に八雲さんと交換したい…です」
「………」
「お前、ほんと可愛いことしか言わないね」
兄ちゃんと八雲さんの表情がおもしろいぐらい正反対になって、オレは笑っちゃいそうになるのをぐっと堪える。
「……八雲に負けたのが普通にショック」
「ご、ごめん」
「南は八雲さん大好きだからなぁ」
「うん」
「悠太…今からでも遅くないからこいつだけはやめとけ」
「え…むり」
いくら兄ちゃんでもそのお願いだけはきけないから、首を左右に振って拒絶。
オレのことを心配してくれてるのは嬉しいから、そのことについてはありがとうと言った。
荷物を持って八雲さんちへ向かってる道中、八雲さんとの会話は。
「南さ」
「はい?」
「俺以外の人がいる前で、ああいう可愛いことはなるべく言わないでほしいんだけど」
「え…もしかしてウザい…?」
「え?はは、違う違う」
ツボに入ってしまったのか、ケラケラと声を出して笑ってしまった。
けっこう真剣に聞いたのに心外だろ思ったけど、八雲さんの笑い声が大好きだから怒る気には全然ならなかった。
「はー…笑った」
「オレ、八雲さんが笑ってるところ見るの好きです」
「ほら、そういうことすぐ言う」
「なんでダメなんですか?」
「可愛いこと言われると、我慢できなくなりそうだから」
「がまん?」
「恋人が可愛いと、キスとかしたくなるでしょ」
「き、」
「俺も男だからなぁ」
「そう…ですよね…?」
「それとも、南は人前でしたい?」
「え、む、むり!」
「ね、だからちょっと抑えて」
その場ではわかりましたと言ったけど、八雲さんへの気持ちは抑えられる自信がない。
八雲さんがガマンできなくなったときの妄想をしたら予想以上に恥ずかしくて、一昨日の夕飯のメニューを思い出すことに集中したのだった。
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