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なにはさておき 2
「わ、すごい!」
「遠慮しないで食べて」
玄関のドアを開けた瞬間から、料理の匂いを嗅ぎとって小さな鼻がぴくっと反応した南は、テーブルに並べられた料理を見て嬉しそうな顔をさせた。
今日南を呼んだのは、中学の卒業祝いをしてあげたかったから…というのは口実で。
「義務教育が終わっただけだし、お祝いしなくても大丈夫ですよ」と断った南に「南と会う口実にしたいだけ」と言っただけで顔を赤くさせた。
本当に初で可愛くて幸せな気持ちになるけど、これ以上のことをしたらどうなってしまうのかという不安というか、心配もある。
まあ、南はまだ15歳だし、そういうことをするのは一応18歳からと決めてはいるんだけど。
「いただきます!」
「はい、召し上がれ」
南は好物は最後に残しておくタイプで(可愛い)、一番好きなグラタン(可愛い)には手を伸ばさず、まずはちゃんとサラダから食べ始めた(良い子で可愛い)。
俺も小さくいただきますをしてから自分で作った料理に箸を伸ばし、日が落ちるまで南と他愛もない話をした。
「そろそろ帰る?送ってくから」
「え」
「え?」
ふたりして見つめ合い、沈黙。
てっきり今日は自分の家に帰るつもりでいるんだと思っていたけど、どうやら南は違ったらしい。
「泊まってもいいけど、ちゃんと連絡入れろよ」
「だって……もう今日は帰らないって言ってきたし……」
南は急に歯切れを悪くさせて、ぷっくりさせた頬がほんのり紅色に染まっていく。
なるほど、南は今日そういうつもりで来たらしい。
最近の中学生は恋人関係になる=セックスをするもの、とでも考えているんだろうか?そうだとしたら、南の教育上によろしくないから正さないといけない。
「南、それは急いですることじゃないよ」
「……だって、」
「うん?」
言葉にするのが恥ずかしいのか、南は俯いたまましばらく動かなくなってしまった。
そんな姿がいじらしくて可愛くて、頬が緩んでいく。
言葉はすぐそこまできてるんだろうけど、南が俺からの後押しを待っているのがよくわかる。
後押しがないと言えないんだったら素直に帰ればいいのに、よっぽど俺のことが好きなんだな、と我ながら恥ずかしいことを考えた。
だんまりの南をずっと見ているのもいいけど、結局のところ俺は南を甘やかしたいと思ってしまう。
「こっちおいで、ほら……ここ座って」
「ん……」
テーブルに向かい合って座っていた南を、俺のほうに呼び寄せる。
胡座を組んでいた脚を広げて、その間に南を向き合うように座らせた。
大人しく言うことに従った南は、次の俺の言葉を待つようにちらっと見上げてくる。
その仕草が子犬に見えて仕方なくて、犬を飼いたい人の気持ちが少しわかった気がした。
「俺は、南とそういうことをするために告白したわけじゃないよ」
「それは……」
「南は何が不安?」
「……飽きちゃうかもしれないから」
「え?それって、俺が南にってこと?」
予想外の言葉にそう聞くと、南は小さく頷いた。
俺が南のことを飽きてしまうかもしれないと思われていたことに、軽くショックを受けていると、ぽつぽつと話し出した。
要約すると、俺と付き合う=セックスだと思っていたらしい。だから、身体で繋ぎ止める必要があるんだと…。
その話を聞いて、俺の心に追加のダメージ。
何よりも、南にそう思わせてしまった自分が情けない。
「俺、南のこと本当に好きなんだ」
「え…?」
「今はお前のことを大事にしたい。全部、南と一緒に笑ったり悩んだりしたい――わかる?」
南は耳まで赤くさせながら、こくこくと数回頷いた。
自分でも恥ずかしいことを言ってる自覚はある。
だけど、前科のある俺が南の恋人として付き合っていくためには、とことん誠実にならないと駄目なことがよくわかった。
「でも……」
「うん?」
「今日は、八雲さんちに泊まっていきたい、です」
ダメですか?と遠慮がちに聞いてくる南はあまりにも下半身に毒だった。
俺に必要なのは誠実さではなく、仏の心なのかもしれない。
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