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【番外編】月に馳せる
大学の図書館で集中してレポートを書いていたら、もう20時になろうとしていることに気がつき、慌てて荷物をまとめて帰途につく。
運悪く複数の講義で課題やらレポートやらが重なり、いつまでにあれを終わらせて――と頭の中で整理して重いため息を吐き出した。
ふと顔を上げて空を見たら、明るく光る満月が浮かんでいた。
そういえば「今日は中秋の名月らしいですよ」と南からメッセージがきたことを思い出した。
今まで忘れていた自分に呆れる。
通知が何もないスマホの画面をぼんやりと眺め、ポケットにしまわずに指をすらすらと動かしていたら、南からの着信を知らせるバイブ音が鳴った。
「もしもし」
『えっ、八雲さん?』
「八雲さんだけど…なんでちょっとびっくりしてるんだよ」
『返信がなかったから、大学のほうが忙しいのかなと思ってたんで…』
「あー…そう、ごめん。だいぶ集中してた」
『お疲れ様です』
南からのたったの一言で、さっきまでの疲れが吹っ飛んでしまうぐらいに癒される。
メッセージも、俺が忙しいことに気がついて南からの連絡もなかったし。
そういう優しさとか、気遣いができるところがたまらなく好きだ。
と思う反面、優しすぎて心配になることもある。
『今帰りですか?』
「うん、さっき大学出たばっか」
『オレも今帰りなんですよ。買い物のだけど』
「こんな時間に?」
『あはは、まだ8時前ですよ」
「南可愛いから八雲さん心配」
『大丈夫、兄ちゃんもいるし』
「大也と一緒かよ……」
遥か彼方から大也の声が聞こえたような気がしなくもないが、触れると面倒だからあえて無視を決め込む。
『そういえば今日中秋の名月だなって思って』
「そうだな」
『空を見たら、月がすっごくキレイで八雲さんに電話しちゃった。迷惑でした?』
「自慢じゃないけど、南のこと迷惑だなって思ったこと一度もないよ」
スマホの通話口の向こうから、嬉しそうに小さく笑う南の声が聞こえてきた。
それだけで、俺の心はこんなにも満たされる。
気がつけば俺の口角は上がりっぱなしだ。
「実は俺も月を見て、南に連絡しようかなって思ってたところ」
『え!本当ですか?』
「かける直前で電話きたけどな」
『えへへ…同じこと考えてて嬉しい』
「……お前が可愛すぎて会いたくなってきちゃったんだけど」
『オレも、八雲さんに会いたくなってきちゃった』
「今日はもう遅いし、俺がそっちに行こうか?」
『あ、え、いいんですか…?』
「明日も学校だろ?長居はしないよ」
『あの、実はお月見用の買い出ししてたんです』
「じゃあ決まり」
『オレ、八雲さんとふたりきりでいるのも好きだけど、家族と八雲さんが楽しそうにしてるのも好きです』
恥ずかしくなったのか、俺の返事を待たずして「じゃあ、またあとで」と言って通話終了。
いつもそうだけど、南は最後の最後にでかい爆弾を落としていく。
それに何度やられたことか、もう数えきれないぐらいだ。
今日はふたりきりで過ごせないけど、これから(1名を除いて)温かく迎えられるだろうことを想像する。
こういう日も悪くないな。
来た道を引き返す俺の足取りは軽かった。
▽中秋の名月
ど遅刻すみません…!
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