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起爆剤
今日の俺は朝から不運というか、ついてないことが続いている。
まず、何を勘違いしたのか2限からだったのに朝一で大学に来てしまった。
本当だったらまだ寝ている時間なのに。
あと、腕時計をしてくるのを忘れた。
時間なんてスマホでいつも確認できるんだけど、なんか腕時計がないと落ち着かない。あと忘れた自分に腹が立つ。
大学に着いたときに気がついたから、もうそこから俺の機嫌は急降下。忘れたって気づいた瞬間の顔ヤバかったと思う。
そして今日一で最高にイライラしている3つ目のついてないことは、今まさに起きていて。
「ねぇねぇ、八雲くん暇なら一緒に図書館行こうよ」
「あー…このあと教授のところに行かなきゃいけなくて」
「神崎教授でしょ?今日お休みだもーん」
「あれ、そうだっけ」
これ。これよ。
この女の子いつもしつこいんだ。名前は興味ないから覚えてない。
いつも俺を見つけるたびひっついてきてなかなか離れないから、勝手に金魚って呼んでる。
しかもそれっぽい予定を適当に言ったら墓穴掘った。
しかもしかもこの金魚、事前に神崎教授が休みってことちゃんと把握してから来やがった。
こんなところを南に見られたら……。
恐ろしくて考えるのをやめた。
金魚は身体を密着させて腕に絡みついてくるし、胸もさりげなく当ててくるし、かなりあざとうざい。
昔の俺だったら腕を振り払って、冷たい言葉を浴びせてた。
「もー八雲くん冷たい。私こんなに好きなのにぃ」
「ふは、ありがとう」
もうダメ本当に勘弁してほしい。
媚びアピール強すぎて思わず笑ってしまった。
たしかに美人だしスタイルもいいと思うけど、何にも反応しないし。酷いかもしれないけど、限りなく人間に近いマネキンレベル。
早くこの金魚から離れないと、そろそろ導火線が燃え尽きて爆発しそう。
導火線は、腕時計を忘れたことに気がついてから着火してる。
もうヤバイ、キレる。殴りそうヤバイ。
みんな俺から逃げて。
「やっぱダメ。俺の恋人こういうの嫌がるから」
「えー?八雲くんの恋人って高校生って聞いたよ?八雲くんな年下のお子様じゃなくて、私みたいなのが――」
「はいストップ」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
気がついたときには俺の腕を大也が力強く握っていて、金魚は怯えたように頭を抱えていた。
大也は金魚に何か言うと、この場から逃げるように離れていった。
「お前さぁ、悠太のとこになると自我失うのやめろよな」
「……ごめん」
「ほんと悠太が起爆剤だよな。まあ途中から聞いててすぐ行かなかった俺も悪いけど」
「気づいた瞬間に来いよ…」
「だから悪かったって」
どうやら南のことを悪く言われた瞬間にスイッチが入り、無意識に金魚を殴ろうとしてたみたいだ。
完全に意識外の行動だったし、大也がいなかったら事件になってた。
周りがざわざわしてることに気づいた俺たちは、この場から離れるために喫煙所に向かった。
「あーもう、ほんと今日ついてない」
「いやそれ前吸ってたタバコじゃん…」
「禁煙用と緊急時用でタバコ2つ持ち歩いてる」
「お前バカだな…禁煙する気あるのかよ」
「少なくとも今はない」
南ごめん。
悪いとは思ってるけど、朝からイライラ続いてニコチン摂取しないと非行に出そうで。
「まー今日は仕方ないよなーうん」
「って言いながらお前もセッター吸うの笑う」
「実は俺も2つ持ち歩いてた」
「大也と思考回路同じかー」
「禁煙巻き込み食らったんだからこれぐらいいいだろ」
「でもちゃんと禁煙しようとしてるの偉いよね。変なところで律儀」
「……お前今日のこと悠太にチクるぞ」
「あー…考え直してくれると嬉しいかな」
南は俺がどれだけ好きだって言っても何か不安があるみたいで、こういうことがあると俺から離れようとしなくなる。
可愛いんだけど、可愛いからこそ離れてって言えなくて。
「つか、八雲そろそろ誕生日じゃん」
「まさか大也覚えてたの?」
「は?悠太がうるさいんだよ…耳にタコができるわ…」
「んー八雲さんは禁煙解除がプレゼントだとちょっと嬉しいかも」
「お前本当は禁煙するつもりないだろ」
大也がこっちをジト目で見てくるから、誤魔化すようににっこり笑ってタバコの煙を吹きかけてやる。
ゴホゴホと咳き込んでるうちに、荷物をまとめて喫煙所を出る。
もうやっぱり今日はダメな日だ。
やる気をなくした俺はそのまま帰ることを選んだ。
寝よう。帰って寝よう。
そして帰りにタバコも買って帰ろう。
なんだか無性に南に会って抱き締めたくなった俺は、スマホを取り出して『会いたい』と送信してポケットに突っ込む。
そうしたらすぐに通知を知らせるバイブが振動した。
授業中にニヤニヤしながら返信する南が簡単に想像できて、俺もニヤニヤしてしまった。
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