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夏祭りに影とりんご飴 3

南が寝始めて、30分ぐらい経った。 俺の膝の上で幸せそうに寝てる姿が、起こして抱き締めたくなるぐらい可愛い。 よく女子が「母性本能が掻き立てられる」って言うけど、なるほどこういうことかと納得した。 南の頭をあやすように撫でててら、南母がタバコと灰皿を持って来た。 「あらやだ、悠太ったら寝ちゃったのね」 「なんだかんだ一番楽しんでましたからね」 南母はそうねと言いながらタバコを取り出す。 懐から自分のライターを取り出して、南母の咥えたタバコに近づけた。 「貴方、本当にいい男ね」 「もったいない言葉です。格好つけてるだけですよ」 「謙遜もできるし文句なし」 ぷはーと紫煙を吐き出してにっこり笑った。 「八雲くんも吸う?」 そう言ってライターを持ったけど、やんわりと手で制止した。 本当は吸いたいし、今だって南母の煙胸いっぱいに吸い込みたい願望はあることにはある。 でも、やっぱり南にその煙を吸わせるわけにもいかないし。 「悠太のこと、いつもありがとう」 「いえ、むしろ俺のほうこそ感謝したいぐらいです」 「この子、八雲くんと出会う前はすっごい大人しくてね。学校でもいじめられたことがあったんだけど」 「いじめ、ですか」 南がいじめられたことがあるなんて、今まで全然知らなかった。 いじめた奴のことを許せないって思うし、何よりそんな過去を持ってたことを知らなかった自分も許せない。 俺も南に言ってないことはあるけど…でも誰にだって言いたくないことはあるかって思ったら、なんかモヤモヤした気持ちになってしまった。 「今の悠太からは想像できないでしょ?でね、八雲くんに助けられてすごく変わったの」 「あの夏休みの…」 「そう。正直、親である私たちがもうどうしてあげればいいのかわからなくて困ってたから…ずっと、お礼を言いたかったの」 南母は体ごとこちらを向いて、深々と頭を下げた。 最後、悠太をこれからもよろしくねと言って、タバコの火を消してリビングの方に消えて行った。 俺は改めて南のことを見る。 気持ち良さそうに寝てる南が陶磁器でできているみたいに繊細に見えてきた。 でも、きっと南は過去のことを俺に知られたくないと思ってるだろうし、腫れ物のように扱われるの嫌だろうし。 寝言で俺の名前を呼んだ南に、笑みがこぼれて。 昔のことなんか思い出せなくなるぐらい、うんと甘やかして愛そうと誓う。 「南」 「ん……」 「みーなみ、起きて」 「んんー…」 餅みたいな柔らかい頬を軽く叩いて、南を起こす。 南はゆっくり目を開けたあと何度か瞬きをして、くあって小さく欠伸をした。 「おはよう南」 「んー…八雲さん」 「なに?」 「八雲さん」 のそのそ起き上がったかと思えば、俺の腰に抱きついてきて頭をグリグリしてくる。 寝ぼけてる南が甘えたで、本当に可愛い。 「南ほら、祭りに行くぞ」 「行くー」 言ってることと行動が全然伴ってなくて、俺の腰から離れようとしない。 南の腕を腰から離して、あやすように起き上がらせる。 「八雲さん…?」 「起きた?」 「起きました…おはようございます」 目をこしこし擦る手を制止して、目元にキスを落とす。 「目擦っちゃダメ。顔洗ってきな。そしたら出掛けよう」 「お、オレすぐ洗ってきます!」 もう完全に起きた南は、バタバタと慌ただしく洗面所に向かう。 あんなに慌てなくても祭りは逃げないのに。 小さく笑ったあと、腰をあげて玄関に向かう。 出掛ける前、もう一度南母に軽く浴衣を直してもらって、お礼を言ってから祭りの会場へ向かった。

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