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夏祭りに影とりんご飴 5
キスで乱れた浴衣を八雲さんに手早く直してもらい、静かな神社からお祭りの喧騒の中へ再び紛れる。
はぐれないようにって、八雲さんから手を繋いできてくれた。
家で過ごすことが多いし、出かけても手を繋がないことが多いからなんだか変な感じ。
心がちょっとくすぐったい。
しっかりと握ってくれるから、オレも大好きって思いながら握り返す。
「南、食べたいものとかある?」
「りんご飴、食べてみたい」
お祭りに来るとじゃがバターとか焼きそばとか肉巻きおにぎりとか…いかにも男子高校生ってものしか食べてこなかったから、どんなもんかと一度食べてみたいんだ。
「りんご飴ね」
八雲さんは高い身長を生かして、りんご飴の屋台を探してくれる。
恋人の身長が高いと、なんかよくわからない優越感みたいなのがある。
「すぐそこにあるな。寄れるところは寄っちゃおうか」
「はい」
りんご飴の屋台まで、なるべく人とぶつからないように八雲さんが庇ってくれた。
もう、ほんとに、この優しさが痛いぐらい嬉しい。
嬉しいのに心が痛いなんておかしな話だけど…前より素直に受け入れられてるなって感じる。
おかげで、屋台まで誰ともぶつからずに来ることができた。
八雲さんもうまい具合に人を避けてたから、オレが見た感じそんなにぶつかったりとかしてないと思う。
「すいません」
八雲さんが後ろを向いてるお店の人に声をかける。
って、なんか、オレその後ろ姿見たことあるような…?
「はいはーい…って、八雲さんと南?」
「は?矢吹!?」
そう、なんと、そこにいたのは怠そうにしている矢吹さんだった。
「オレもいるよ~!」
矢吹さんの後ろからひょっこり顔を出したのは、立花さんだ。
オレも八雲さんも、何が何だかわからなくて目を白黒させる。
話を聞いてみたら、どうやら銅さんのお手伝いで来てるみたい。
最初は銅さんお手製の焼きそばを売るっていう話だったんだけど、矢吹さんがりんご飴を食べたいとか言い始めたらしくてこうなったと。
矢吹さんどこまでも甘党だなぁ。
早く糖尿病にならないかな。
「で、右京さんはどこにいるの?いるなら挨拶と、ついでに伝えたいことがあるんだけど」
「あー、ちょうど飲み物と夕飯買いに行ったばっかです」
「八雲さんさ、ガネさんに伝言あるなら俺が聞いておきますよ」
「バカか矢吹に伝言とか預けるわけないだろ…だったら立花にお願いする」
わかる。
オレももし伝言をお願いするなら、絶対に矢吹さんには頼まない。
まだ立花さんのほうが遥かにマシだ。
前に時間がなくて矢吹さんに伝言をお願いしたことを思い出した。
どうなったかは想像に任せるけど、その時もう二度と矢吹さんに頼みごとをしないようにしようって誓った。
文句を言いつつも楽しそうに話してる八雲さんを見て、胸がもやもやしてきた。
別にとられるとかこれっぽっちも思ってないけど、つまらない。
早く行こうって意味を込めて、隣にぴったりくっついて袖を軽く引っ張ってみた。
ちょっとびっくりした顔でこっちを見たあと、すぐに笑って腰をぐいっと引かれる。
「右京さんいないなら出直すよ。そろそろこっち構ってあげないとだから、りんご飴1つ」
「あーはいはい、今日も相変わらずらぶらぶなことで」
矢吹さんがげんなりした顔でりんご飴を手渡してくれる。
お金を渡そうとしたら、オレより先に八雲さんが小銭を差し出した。
ほんとに八雲さんには敵わない…。
「ガネさん戻ってきたら八雲さんのこと伝えようか?」
「んーそうだな、お願いするよ。ありがとう立花」
2人に挨拶をして、落ち着いた場所で食べようって八雲さんが提案してくれたから、さっきの神社に向かう。
腰を下ろすなり、八雲さんが唇にちゅってキスをしてきた。
いきなりのことでびっくりして、りんご飴を落としそうになる。
「や!?あっ、の!」
「あんな可愛いことされたらキスしたくなるに決まってる」
「だっ、でっ、はっ」
心臓がバクバクして、思い通りにしゃべれない。
そんなオレを見て八雲さんは笑って、また触れるだけのキスをする。
「あそこでキスしなかったの、褒めてほしいぐらいなんだけど」
ああ、もう。
そんなこと言われたら、許すに決まってるじゃん。
オレは目を瞑って、八雲さんのキスを受け入れた。
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