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夏祭りに影とりんご飴 7

八雲さんが飲み物を買いに行った。 いつも紳士でかっこよくて余裕があって、そんな八雲さんに振り回されてるって思ってたんだけど。 すごい、熱かった…。 俺の言動ひとつひとつで、八雲さんってあんなにはっちゃうんだ…。 それが嬉しいような恥ずかしいような、とにかく身体がすごい熱い。 「いや!今夏だし!そりゃ熱いよ!」 とか、誰に向かって言ってるんだっていう言い訳を意味もなく1人でして。 我に返ったら恥ずかしさと虚無感に襲われたから、大人しく人生初のりんご飴をかじった。 最初の一口は水飴のところしか食べられなかったから、うん。甘い。砂糖の味。 もう一口。 今度はりんごも食べれるように、かぶりついて。 かぶりつきすぎて、口から溢れそうになる。 リスみたいにパンパンに膨らませた頬が痛い。 口の周りの筋肉もピクピクする。 なんとか噛んで噛んで、少しずつ胃に流し込む。 全部飲み込んだあと、味を堪能することをすっかり忘れてた。 「うわ……オレ超バカ……」 がっくり項垂れて自己嫌悪。 せっかく初めてのりんご飴だったのに。 次はちゃんと味わって食べよう。 りんご飴を口に運ぼうとしたら、数人の話声がこっちに近づいて来てることに気がついた。 チラっと見てみると、3人組の男が神社に向かって歩いてた。 ちゃんとは見てないけど、ぱっと見タメぐらいかな? そんなに年齢は離れてなさそう。 ここから離れるのもなんか逃げてるみたいで気まずいし、オレは階段の一番端に寄る。 3人組がすぐそこまで来て、通り過ぎようとしたところで1人がオレに声をかけてきた。 「あれ?お前もしかして……南じゃね?」 「え、」 いきなり名前を呼ばれて心臓が飛び跳ねた。 もしかして、学校の知り合いだったかな…。 顔を確認するようにゆっくり面をあげたら、忘れるはずのない顔がそこにいた。 「やま、もと……」 オレが名前を呼んだら、やまもと――山本晶(やまもとあきら)が、氷のような笑顔を見せた。 「なに?知り合い?」 連れの1人が山本に話しかけると、卑しい目でこっちを見下ろしてくる。 「小学校んときのな」 そう、この山本晶ってヤツに、小学生の頃いじめられていたんだ。 もう一生会わないと勝手に思ってた。 隣には常に八雲さんがいたから、たとえ何かあってもすぐ助けてくれてたから。 やっぱり、八雲さんに甘えすぎてたのかもしれない。 きっと罰が当たったんだ。 カタカタと身体が震えだすのがわかる。 口の中も乾いて、冷や汗が背中を流れた。 「ねえ、浴衣着てここにいるってことは、誰かと来てんの?」 「……」 「おいアキ、コイツ全然喋らないんだけど」 「お前昔なにかしたんじゃねーの?」 「ん、ちょっとな」 やめろ。 そう言いたいのに、この場から逃げたいのに、声すら出すことができない。 自分の情けなさに涙が出てきそうだった。 「南さー、今1人ならちょっと面貸せよ。久々に話そうぜ」 「おーいいね。俺も南くんと話してみたいし」 「さんせーい」 ヤバイ、逃げなきゃ…! そう思った瞬間、あれほど動かなかった身体が動いて。 走り出したんだけど、まあ相手3人もいるし、逃げられるはずがなく。 「こーら、どこ行くんだよ」 りんご飴を持ってた右手を強く引かれて、その反動で地面に落としてしまった。 「あっ!」 「ほら、大人しくしないと南もグチャグチャになっちゃうよ」 ああ、もう…。 八雲さん、ごめんなさい。 心の中で謝ったら腹に一発入れられて、オレはそのまま意識を失った。

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