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恋人コンプレックス 4
「お邪魔します」
家に…着いてしまった…。
ここに来るまでの間、八雲さんといろいろ話してたはずなんだけど一切覚えてない。
もちろん俺の部屋に八雲さんを通したことはある。
あるけど、その…えろいことは、したことない。
八雲さんが一人暮らしをしているから、ほとんど会うときは八雲さんのうちだった。
ただでさえ、自分の部屋に八雲さんがいることに緊張するのに…!
「南」
「あっ…はい、なんですか?」
「掃除、ゆっくりでいいから。落ち着いてきな?」
ほら、八雲さんはオレが緊張してることなんてお見通しだ。
柔らかい笑顔で、優しく頭を撫でてくれる。
いつも頭を撫でられるときは、つい甘えたくなっちゃっう。
そのまま、八雲さんの手に頬を擦り寄せて、いっぱい撫でてほしくなる。
「なに?甘えたくなった?」
くすくす笑いながら、頭を撫でていた手がほっぺまで降りてきた。
無意識に擦り寄せていたことに気づかなくて、恥ずかしくなる。
「べ、べつに…!片づけてくるんで、待っててください!」
にこにこ笑う八雲さんの顔が見れなくて、掃除機を持って逃げるように自分の部屋へ入った。
「ど、どどどどうしよう…!」
自分の部屋をぐるりと見まわす。
今日ここで八雲さんとするって考えただけで、ラブホに見えてくる。
「オレ、けっこう重症…?」
ここのベッドに、八雲さんと2人で…。
そこまで考えて、ぶんぶんと頭を振る。
今までもえろいことはしてきたし、場所が違うってだけでなんの変わらない。
この前なんか外でシたばっかだし!
こんなので恥ずかしがってたら、この先絶対にもたない。
八雲さんことを考えないように気合いを入れて片づけを始めたら、案外サクサクと進んだ。
もともと部屋はそんなに汚いわけじゃない。
毎日たまっていく洗濯物の山をしまってしまえば、わりとスッキリする。
あとは寝起きのままだったベッドを簡単に直して、ホコリも払って、掃除機をかけて終わり。
全国の男子高校生の部屋がどんなものか知らないけど、少なくとも柳や兄ちゃんの部屋よりかはキレイだ。
八雲さんを呼びに1階へ降りれば、ぐったりしてる八雲さんとニヤニヤしてる兄ちゃんがいた。
「悠太の片づけも終わったっぽいし、俺そろそろ行くわ」
「お前まじで覚えてろ」
「楽しみにしとく」
そう言った兄ちゃんは、すごく機嫌がいいみたい。
鼻歌なんかしながらバッグを掴んで、出かけて行った。
「兄ちゃん何か言いました?」
「いや、逆かな」
「あ、なんとなくわかりました」
だから兄ちゃんあんなに機嫌がよさそうだったんだ。
八雲さんと兄ちゃんの間にはオレとはまた違った信頼関係があるから、少しだけ妬ける。本当に少し。
八雲さんを見れば、相変わらずソファにぐったりしてる。
せっかく片づけしたのになって心の中でボヤいたら、ちょいちょいと力なく手を振ってきた。
黙って八雲さんの隣に座れば、オレの肩に頭を乗せてくる。
オレはいつも八雲さんにしてもらうように頭を撫でてみたら、嬉しそうに笑った。
「あんな兄貴と違って南は本当にいい子に育ったな」
八雲さんはやんわりとオレの手を掴んで、今度は頭を撫でてもらう側になった。
また子ども扱いされてるような感じがして少しムッとしたけど、頭を撫でてもらうのはけっこう好きだ。
またさっきみたいに頬ずりしそうになって、慌てて止める。
「なんだ、また甘えてきてくれるのかと思った」
「しっ、ないですよ!」
また図星をつかれて、顔が熱くなる。
ぐったりしてる八雲さんはどこへやら、オレの前にいるのはニヤニヤした意地の悪い八雲さんだ。
「そうなの?残念」
オレが甘えい気持ちを抑えてるって気づいてて、そうやって八雲さんは余裕そうに笑うんだ。
その笑顔がまたかっこよくて、悔しくなる。
本当は甘えたいのに、変な意地を張るからタイミングを逃して。
男らしくもなく、我ながら情けないと思いながら石みたいに固まることしかできない。
そんなオレを見兼ねた八雲さんが、ふんわり抱き寄せてくれる。
「今さら遠慮なんかしなくていいのに」
「…だって」
「まあ、そこも俺の好きな南だけど」
優しい手つきで前髪をあげて、おでこにキスを落とす。
そのキザっぽいことも、八雲さんは自然にやってのけるからすごい。
「……好き」
「知ってる」
今のオレには、好きって言って控えめに抱きつくことが精いっぱいだった。
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