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希う 5
美味しいランチとキレイな水槽を堪能してレストランを出た。
その時にお会計をしなかったんだけど、そのことを八雲そんに聞いたら
「したよ、南に気づかれないようにこっそり」
とのことらしい。
本当にどこまでも紳士でイケメンだ。オレと年齢が離れてるとはいえ、八雲さんもまだ大学生なわけで。
八雲さんがもっと大人になったときを想像したけど、まったくどうなってしまうのか見えなくてすぐに諦めた。
そんなの、自分の目で確かめていけばいいことだ。
「そろそろイルカ観に行こうか」
「はい!」
イルカ。
オレが一番楽しみにしていたもの。
そして、オレが夢で見たもの。
夢の内容を思い出せる気配はないんだけど、イルカがいたことだけは確かで。
目が覚めたとき、何故かイルカを観に行かなきゃと思った。
来る途中、八雲さんにこのことを言ったら「そういう勘っていうの?大事だと思うよ」って言ってくれた。
ここの水族館はイルカ水槽っていうのがあって、他のコーナーとは別で設けられている。
トンネル状の形をしていて、その周りを泳ぐイルカを観られる。
一番の名物水槽だから人が多いんだけど、行ってみたら想像してたより人が少ない。みんなお昼を食べているのかも。
「多いけど思ってたよりは少ないな」
「はい。ちょうどいい時間に来られましたね」
2人でふふって笑って、一緒に歩き始める。
そしたらびっくりなことに、一匹のイルカが惹きつけられるようにオレたちのところへ泳いできた。
「わ、八雲さん!すごい!見て!」
オレが止まればイルカも止まって、歩けばそれに付いてくるように泳ぐ。
一方八雲さんは、
「イルカに好かれる南可愛い…」
とか言いながらスマホで動画を撮ってる。
さすがにちょっと恥ずかしいけど、イルカがオレの後を付いてくるのが嬉しくて。
完全に自分とイルカだけの世界にいるみたい。
すると、イルカが何かを訴えるように「キュキュー」と鳴いた。
なんだろうと思って少し耳を傾けたら、何故だか夢の内容が走馬灯みたいにオレの頭の中を流れた。
そうだ、夢の中でもこうやってイルカがオレの隣にいた。
その時のオレは少しセンチメンタルになってて。
八雲さんがなかなか話してくれない家の事情とか、将来のこととか、いろいろ悩んでた。
そんな時に、夢の中のイルカはオレに「キュキュー」って話しかけてくれた。
もちろん何を言ってるのかは聞き取れなかったけど、理解はできたんだ。
「大丈夫」
って、一言。
たったそれだけだったんだけど、オレはひどく救われて。
どうして忘れてたのか不思議なぐらい、オレの心は軽くなった。
この目の前のイルカも一言しか鳴かなかったけど、また同じように「大丈夫」って言ってくれているような気がして。
オレの心を見ているんじゃないかってぐらい、イルカと目が合う。
そしたらなんだか、自然と涙が溢れてきた。
ずっと動画を撮ってた八雲さんもぎょっとして、慌てて駆け寄ってくる。
「南?どうしたの」
「わかんない…わかんないけど、止まんないですぅ…」
「よしよし、ちょっと落ち着こう南。歩ける?」
優しく背中を撫でてくれる八雲さんに頷いて、人通りの少ないところまで連れて行ってくれた。
その間、あのイルカも心配そうに付いてくるものだから余計に涙が止まらなくて。
けっきょく水槽の端まで泳いできてくれた。
この場から離れる前にイルカに伝えたくて、立ち止まってイルカと向き合う。
「南?」
「ごめんなさい、ちょっとだけ」
お願いすれば八雲さんはわかったって言って、数歩離れてくれた。
改めてイルカを見れば、相変わらずこっちを見てくれていて。
伝わるかわからないけど、オレはイルカに直接話しかけるように心の中で祈った。
「ありがとう。そして、八雲さんをどうか救ってください」
そしたらオレの願いに応えるように「キュッ」と鳴いて、水槽の中を泳ぎ始めた。
これできっと大丈夫。
「ありがとうございます、大丈夫です」
「そっか」
こういう時に深く探ってこないのが、本当にありがたい。
オレは八雲さんの腕を引っ張って柱の陰に隠れる。
「キスしたくなっちゃった?」
「なりました…して、八雲さん」
「ウインクは免除な」
って意地悪く言った後、ゆっくり八雲さんの顔が近づいてきて食むようなキスをしてくれた。
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