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また浮気?
「暁義、こっち」
大学の講義室へ入ると先に来ていた友人に声をかけられ、暁義は呼ばれるままその友人の隣へと座る。
「織部は相変わらずみたいだな」
「久志…朝から頭が痛くなること聞くなよ」
中学からの友人である宮丸(みやまる)久志(ひさし)。何でも話せる親友だ。
そんな宮丸にだけ、暁義は壱斗との事を打ち明けていた。だから事情をよく知る宮丸に壱斗のことを言われ、暁義は朝からげんなりとした気分になる。
「てか、あいつもお前がいるのによくやるよな。昨日も飲み会で女の子といい雰囲気だったらしいぞ」
呆れた表情を見せながらも、宮丸は飲み会での壱斗の様子を細かく話し始めた。
どうやらどこからか情報を仕入れてきたらしい。
「…はぁ」
飲み会に行くと聞いていたので、ある程度予測はしていたが、やっぱりそうか、と暁義は嘆息を吐いた。
それでも夜には家に来たので昨日は何もなかったのだと思っていたが、違ったようだ。あんなに慌てた様子で帰ったのは、あの後、その子のところに行く約束でもしていたのだろう。
予想していたこととはいえ、心は曇天よりも重たくなる。
「暁義ってさ、あいつのどこが良いの?」
その言葉に暁義は一瞬の間を置いた後、ゆっくりと首を振った。
どこが良いのか。
それは今まで何度も考えてきた。だが今までのいろんな噂が思考を邪魔して、すぐにポジティブな答えは浮かんでこない。
「わっかんねぇ……何かどんどん分かんなくなってきた。あいつの気持ちも、自分の気持ちも…」
考えすぎてしっかりと機能しない頭は、当然ぼんやりとした答えしか出せず、それでも暁義にはそれが今の精一杯の答えだった。
「え、好きだから浮気許してんだと思ってた」
浮気を許している、という表現が正しいのかわからない。
人伝いに噂を聞くものの、実際現場を見たことはなく、しかし問い詰めれば認めるので浮気をしていることは確かなのだろう。
だがそれでも、毎回ただの疑惑であってほしいと思い、ギリギリまで黙認しているのは、結局許していることと同等なのかも知れない。
「何て言うか…段々執着って言うか、執念って言うか……そんなのに変わってる気がする。絶対にやめさせてやる! って」
勿論暁義も、最初に噂を聞いたときは裏切られたような気分になり、問い詰めてた。事実だと知ったときには辛くて、悲しくて…それでも好きだから本気で怒ったし、好きだから壱斗の言葉を信じようと思った。
だが、それが回を重ねる毎に、怒っても結局また信じようとしている自分がただ情けなくて、惨めに思え始めた。
『次はしない』
『好きなのはアキだけ』
そう言われると今度こそ最後だ、絶対にやめてくれるはずだ、と思ってしまい信じ続けてしまった。
宮丸が小さく嘆息する。
「執着ねぇ…辛くない? そこまでして一緒にいる意味あんの?」
そう言われ、暁義は言葉を継げなくなった。
正直、今の状態は感情の起伏が激しい。
一緒にいるときは安心出来ても、一緒にいないときはまた浮気しているんじゃないだろうか、女の方がいいんじゃないだろうかとひたすら不安で仕方がない。
壱斗の言動に一喜一憂するどころか、今日は大丈夫だろうか、明日は大丈夫だろうか、と心配することが殆どだ。
電話に出なかったり、メールが返ってこなかったりする度不安が増して、眠れない日が続くこともあった。
キャンパス内で女の子と二人でいるところを何度も見掛けては、胸が痛くなる。
今の相手はあの子かも知れない、本当は自分の方が遊びなんじゃないだろうか、と。
だから余計に、一緒にいる意味があるのかないのか、分からなくなった。こんな辛い思いをしてまで恋人という関係でいる意味があるのか……。
思考の女々しさに、思わず自嘲的な笑みが漏れる。
「別れた方が楽になれるんじゃない?」
「別れた方が……」
その言葉に暁義は顔を上げた。
「そうかも、な」
“別れる”
まるで支配するように、その言葉が暁義の頭を巡っていた。
「嘉瀬君、好きです。付き合ってください」
「ごめん、俺、付き合ってる人いるから」
今日で三人目の告白。
一年三六五日あるのに、どうして女の子はこのバレンタインという日を特別に思うのか…。
この日を待たず告白すれば、少なくとも他の人に先を越されて悔やむことはない。寧ろ、好きだという気持ちをこの日じゃないと言えないという考えの方が理解出来ない。
皆それなりに本気なのだろうが、どうして今日という日に拘るのだろう、と暁義は不思議に思う。
「そうだよね…嘉瀬君みたいにかっこいい人に、彼女いないはずないよね」
振られても当然、と話す女の子に暁義はどうしてそんなこと言うのか疑問に感じた。
180cmという身長は平均より高い方かも知れないが、顔は周りと比べてそう変わらない。勉強はどちらかと言えば好きで成績は良い方だと思うが、運動はテニス以外は普通。社交的な壱斗に比べ、どちらかと言えば人見知りで知らない人と話すのは苦手だ。
そこまで考えて暁義は虚しくなった。
良いところなんて成績くらいしか見当たらない。
こんな自分のどこに人に好かれるところがあるというのだろう。
「いや、俺なんて全然…」
「またまた、照れちゃって……あのさ、よかったらチョコだけでも貰ってくれないかな」
気合入れて高いやつ買っちゃったから、と力なく笑う顔に思わず同情してしまいそうになる。何の取り柄もない自分を好きだと言ってくれるのに、それに応えることの出来ない自分。
「…わかった。ごめんな」
もっと気の利いた言葉の一つ二つ言えれば女の子にも気を使わせずに済んだだろう。
別れるという選択肢が頭に浮かんでから数週間。
壱斗に何も切り出せないまま時間は過ぎ、気づけばバレンタインデー。
この日が近づくにつれ、暁義は嫌でも去年のことを思い出していた。
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