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2ー2
「いつもこんなふうにして寝てるんですか?」
「ああ」
「僕はいつも真っ暗にして、ベッドヘッドのスタンドライトで本を読んで寝ちゃうけど、先生のお部屋は寝るのがもったいないくらい雰囲気ありますね」
そうかな、と土方は笑いながら、珈琲が注がれたマグカップに口を付けて、市村の隣に腰を下ろした。
市村は横向きになると、肘をついて上半身を起こし、今度は土方がいつも使っている枕に手を伸ばして、その手触りと弾力を確かめるように、優しくぽんぽんと触れた。
「この枕も気持ちいいです。僕もこういう枕使いたいなあ」
そう言いながら、頭を乗せた枕に、まるで猫がそうするようにすりすりと頬ずりする。
…その仕草、可愛すぎるからやめてほしい。
土方は市村を横目で見やりながら、理性を保つため努めて冷静に、一口、二口と熱い珈琲を嚥下した。
大体にして、部屋に到着してからまだ数十分しか経っていないというのに、既にこんな状況になっているのがまずい。
本当は、もっと色々と間に挟むのが理想であり、そもそもその体でいたのだ。
過程という過程がすっ飛ばされていき、あっという間に直球が飛んできた。
「今日は僕もこのベッドで寝ていいんですか…?」
…純粋さとは、斯くも鋭利だ。何かが深々と胸に刺さる。
そういう意味ではないのに、そういう意味に変換させちまう疚しい大人だ、オレは。
上目遣いに加えてあまりにも屈託なくそう言われ、土方は飲んでいた珈琲を吹き出しそうになった。喉に詰まらせて咽てしまい、軽く咳き込む。
「だ、大丈夫ですか」
「大丈夫だ…」
土方は気まずい思いで口元を拭った。
紳士でありたい気持ちは本当だ。
こんな牙を隠して取り繕う大人の餌食に易々としてはならないと思うのも本当だ。
だが今の二人は、もうこれまでの二人では無い。それは間違いなく共通認識として在る。
だから、繋がりたいと思うのはそれ故の正常な欲求だ。
でも、その欲求をこの状況から市村に上手く伝える方法が分からない。
…こういうことになるから、すっ飛ばされた〝過程〟が大事だったというのに。
土方は頭を抱えたくなった。
そう、こういうことになるから、このまま無理やり押し倒してでも自分のものにしたいなどという、飼い慣らしているはずのケダモノの呻きがどこからか聞こえてくることになるのだ。
どう切り出すべきかと思案していると、市村の小さめの手が、いつの間にか自分の手の上に重ねられていることに気が付いた。
少し上体を起こした市村が、こちらを見上げてくる。
あどけないその視線に、どきりとした。
「…先生と僕、付き合ってるんですね」
「…ああ」
「先生の部屋に、こうやって二人でいると実感します」
ふにゃ、と市村がいつものように、しかし照れくさそうに土方に微笑んだ。
土方は、その様子に次第に箍が外れていく自分を知りつつも、平静を装う。
「そうだな」
そう言って土方は、重ねられていた市村の手を握り返すと、そのまま彼を引き寄せて、その体をきつく抱きしめた。
小さな体が腕の中で少し強張って、緊張していることが衣服越しに伝わってくる。
「先生…」
「嫌か?」
「い、いえ…。でも、ちょっと恥ずかしいです…」
土方の両腕にすっぽりと覆われながら、市村は耳を赤くした。
初心な反応を示されて、ますます離したくなくなる衝動に駆られる。
互いに互いの体温を初めてこんなに間近に感じて、鼓動が速くなる。
このまま溶けるようにひとつになりたい。
「恋人同士ってのは、こういうこともするんだぜ…?」
少し微笑んだ土方は、市村の頬に滑らすように手を添えると、顎を軽く掬い上げて、ゆっくりと、唇に唇を押し当てた。
市村は、柔らかな感触に目を瞠る。
そうして土方は、リップ音を立てながら二、三度、優しく押し当てた唇を離すと、市村の上着に手を掛けた。
「せ、先生…っ」
「嫌ならやめる」
「あ、あの…」
「なんだ」
「男同士でも、その、できるんですか…?」
「…できるよ」
市村からのその問い掛けを、了承のサインだと受け取った土方は、再び市村の唇を奪った。
今度は先ほどとは少し違って、強引に、その小さい口を食むようにして口づける。
「ん、んふ…っ…♡」
市村の、今までに聞いたことのない鼻から抜ける声の悩ましさに、劣情を煽られる。
一度でキスに不慣れなことを体感で知り、土方は少し嬉しくなった。
結ばれた唇が緊張して震えているのが愛おしい。
本当はこのまま無遠慮に舌を突っ込んで、小さい咥内の熱さを味わいたいくらいだ。
呼吸と言葉さえも奪うような口づけをしながら、土方は、市村の上肢を覆う衣服を器用に脱がせていく。
徐々に露になる、白磁を思わす市村の肌の上、オイルランプの光が明暗の模様を描いて、目に毒なくらい美しく照り映える。
上半身を裸に剥かれた市村が、恥ずかしそうに身を捩った。
その様子に土方は目を細めると、市村の首元に顔を寄せて、ふっくらとした耳朶を舐め、赤くなった耳元で低く囁いた。
「今日はオレのこと全部教えてやる」
「せん、せ…」
「怖いか…?」
光を帯び、滴るように潤んだ菫色の目で見つめられ、土方が尋ねる。
すると、少し眉尻を下げて、市村がもじもじとしながら答えた。
「僕…女の子ともしたことないから…何も分からなくて…」
「…」
処女で童貞か…。
頭の先からつま先まで、全て清らかなものを目の前にしみじみ感慨深くなると同時に、もはや風前の灯火と言ってもいい理性の悲鳴が聞こえ、今にも鎖を食いちぎって暴れ出しそうなオスの獣が、胸の中で解放を求めてのたうつ。
「…だから教えてください。先生からしか、教わりたくない…」
「テツ…」
男冥利に尽きることを言われてしまった。
市村が冗談でもそういう言葉を軽々しく言うような人間じゃないことを知っているから、余計に貴重で官能的で、自分には勿体ないほどの言葉として受け取れる。
土方は、市村の垂れかかる長い前髪を前から後ろへ優しく梳くようにかき上げて額に軽くキスを落とすと、彼の体を優しくベッドに押し倒し、そのまま覆いかぶさった。下になった市村が、少し不安げにこちらを見上げてくる。
「怖いことは何もしねえ。気持ちいいことだけだ」
「はい…」
土方は市村の唇を食んだあと、男性にしては細めの首筋にも唇を押し当てた。
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