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3ー1
〝彼〟に、写真を託していた。
黒い軍服を身に纏い、椅子に腰かけて、刀を佩いたオレが、白黒になって収められているものだ。
それから、切り取られたオレの髪の毛が包まれた小さな紙の包みと、手紙。
それらを、道中、危険な目に遭ったら迷わず撃てと、弾が十分に装填された冷たい拳銃と一緒に渡す。
…逃げるのは嫌だ、一緒に戦いたいと言って〝彼〟は泣いてくれていたと思う。
オレたちは、それを境に死に別れてしまうんだ。
オレは、お前に生きていて欲しかったから、その手を離さざるをえなかった。
オレが生きた証をいつまでも忘れずに、お前が生きていてくれたらそれで良かった。
〝先生は、死ぬおつもりなのですね〟
…お前はあれほどオレの傍にいてくれていたのに、最期まで一緒にいてやれなくて悪かった。
『先生、先生』
土方は、自分の名前を呼ぶ声に、ゆっくりと目を開けた。
ぼんやり開けた視界は薄闇に満ちている。夢か現か分からない。
そう。夢を見ていた。
〝彼〟と別れた日の夢だ。
しかし思い返してみれば、急に判然としなくなる。
〝彼〟とは、誰だ?
考えてみれば、良く知っているようで、何も分からない。
オレを呼ぶ声の主は誰だ?
その声の持ち主こそが、今も、今と地続きの遠い昔も、オレの知っている〝彼〟なのではないか。
オレがその手を離した、たったひとりの――
「先生…!」
はっとして、目を開く。
急にはっきりした意識が、思考の靄を散り散りに飛ばした。
見れば、自分を呼んでいたであろう市村が、心配そうな顔でこちらを見ている。
胸が早鐘を打った。冷や汗が浮かぶ。
「大丈夫ですか…?」
土方が微動だにしないでいると、市村が、彼の頬に優しく触れ、そっと目尻に口づけた。
土方は泣いていた。
市村は、切れ長い土方の目の縁に侍らう涙を、ちゅ、と舐めて拭い去る。
「うなされてました。…怖い夢を見たんですね。泣かないで、先生」
そう言って、自分を安心させたい一心で身を寄せてくる市村を、土方は腕を伸ばしてがむしゃらに抱き寄せた。
…ああ確かに、ずっと前からオレは、〝彼〟を、市村鉄之助を知っている。
何も確かめる手立てはないけれど、そういう確信がある。
今度は土方が、縋るように市村に抱きつき、その体を抱く指先に力を籠めた。
「オレ、ずっと前に、お前の手を離しちまったんだと思う」
「え…?」
「お前に生きていてほしかったから」
そう言って、顔を伏した土方の大きな体躯が震えているのを見て、市村は理由など訊かずにその背中に手を回してさすった。
「僕はここにいます。もうずっと、ここにいます。先生の傍、離れません」
市村がそう言ったのを聞くと土方は顔を上げ、市村に無我夢中で深く口づけた。
「ん…っ」
…叶わないと知りながら、その言葉を、昔のオレはずっと欲しかったんだと思う。
だが今世でその願いがこうして叶ったのならば、あの日に斃《たお》れたオレの魂も、きっと報われるに違いない。
ずっと越えられなかった夜を越え、瑠璃色の夜明けを前に、いつかの夢の続きを見ているような気がした。
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