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第28話 さようなら。僕の魔王様

「忘れ物はないかい?」  ジスの最終確認で、僕は背負ったリュックの中身を確認する。中には、飲水と、ライアが作ってくれた弁当が入っている。唐揚げときんぴらごぼうと、ちくわのチーズ入りだ。  メビウスとライアはそんな僕のことを心配そうに眺めている。  天上の国へ行くには、城の3階にある煙突から入るのだという。以前、城内を散策していた時には気づかなかった隠し扉があるらしい。ジスはその扉を引くと、僕をその中に閉じ込めた。ここが、最後の会話になると思う。そう思ったら、目に溢れるばかりの水滴が、ジスの羽織を濡らす。 「短い間だったが……阿月のことを深く知れたような気がする」  僕の肩をひし、と抱きとめながらジスは。 「感謝している」  ちゅ、と額に口付けをされた。  ああ、ほんとうにさよならなんだ。 「そんなに頬を濡らすほど、寂しいのかい?」  くすくす、と頭上から降ってくる笑い声。僕はコクンと頷く。 「そんな泣き虫の阿月にこれを託そう」 「え?」  首の後ろに手を回される。シャラン、と胸元の飾りが。ジスが僕にネックレスをつけてくれた。飾りは先端が尖っている。まさか、これは。 「わたしの角を少しばかり砕いて、メビウスが作ってくれたお守りのネックレスだよ」 「えっ。い、痛くなかった?」  ふふ、とジスは微笑むだけ。 「痛くはないさ。阿月のためなら」 「ジス……」 「この角のネックレスには、わたしの念をしっかりと込めておいたから。ライアとメビウスもしっかり念を込めていたよ。3人からのお守りだ」 「ありがとう……みんな」  僕は最後ばかりはと、自分からジスの唇にキスを届けた。ぎゅ、と抱擁してもらい寂しさを満たす。 「ああ。行かせたくないものだな」  僕はひとつだけ気になっていることをジスに問いかける。 「僕を召喚した条件はオメガということ以外に何かあるの?」 「ああ。召喚の条件は……心が美しい者を選んだ」 「……そっか」  僕の心は美しいと、ジスが思ってくれたんだ。嬉しいな……。冥界に来る前の1度目のオメガの人生が少し報われた気がする。  僕は決意を胸にジスに伝える。 「大丈夫。すぐにシュカ王子の世継ぎを産んで、赤ちゃんが1歳の誕生日を迎える頃に冥界へ連れ帰るよ。だいたい1年くらいの辛抱だ、っよ……」  言いながら、涙が止まらない。  僕はこれから暴君王子に抱かれ、子どもを産む器になりに行くのだ。  願わくば、ジスの赤ちゃんを産みたかったな……。  そんな僕のささやかな願いは誰にも届かない。 「冥界にはどうやって帰るの?」 「その角のネックレスを使うことになるから、大切に持っていてくれ。詳しいことはその時に伝える」 「えっ……伝えるってどうやって……」  焦る僕を微笑みの中に閉じ込めて、ジスは 「さあ。おゆき」 「わっ」  突如、下から突風が吹き始める。ジスは数歩後ろに下がりその様子を見ている。そうして、何かを唱え始めた。人語ではないからわからない。 「阿月。待っているよ。皆で、このテルー城で」  僕は風に煽られ、目を細めながらジスを見つめる。しっかりと、瞼の裏に焼き付けるようにして。 「ジス。いってきます」  ビュー、という竜巻に僕の身体を持ち上げられる。そのまままっすぐ城の煙突の上に持ち上げられた。さらに下から強い力を感じると、僕の身体は冥界の空に投げられて、意識がじぃんとぼやけていく。更に背中を押す突風。あまりの風の強さに目を開けることができなくなり、閉じたまま僕は意識を失った。  ジスがくれた角のネックレスを強く手に握りしめて。

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