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第41話 初めての遠征

「いよいよでちな。阿月様」  星のついたステッキを僕の肩に、トントンと2回叩きながらきなこくんが神妙な顔をして呟く。 「そうだね。初めての遠征で緊張するけど、きなこくんに教わった防御術や思考力を活かして頑張るよ。いつも優しく勉強を教えてくれてありがとうね」  僕は王子の隣の部屋に越してきてから2ヶ月目にして、初の国外遠征に行くことになった。王子の従者の1人として。この日のために、きなこくんは丁寧にフォリーヌ王国や、隣国の情勢について教えてくれた。 「ちょっと寂しくなるでち。だから……」  ぽん、という音を鳴らしてきなこくんが人型からアザラシの姿に戻る。 「存分にふみふみしてよいでちよ」  両手のおててをぱーっと広げてハグを待ってくれている。僕は遠慮なくその小柄な身体を抱っこして、ほわほわの毛を堪能する。  すると、ガチャリと部屋のドアノブが回された。 「そろそろ行くぞ。……なんだまたお前ときなこは俺をさし置いてイチャコラしてるのか」  少し不服そうに眉を引き攣る王子を見て、僕は渋々ときなこくんをベッドの上に下ろす。きなこくんの瞳はきゅるんと僕を見つめてくる。  ダメだ……かわいすぎる。 「じゃあね。きなこくん行ってきます」 「いってらっしゃいでち」  ふりふり、と片方のおててを振って僕のことを見送ってくれた。  王子の後ろについていくと、王宮の外門の前に黄金色の馬車が見えた。真っ白な白馬が繋げられている。 「乗れ」 「うん」  王子の声に導かれるようにして、馬車の中に入る。中は思ったよりも広くて、これなら初めての遠征も大丈夫かもしれない、と思ったときだった。 「油断はするなよ。今回は隣国の同盟国での王との謁見が目的だが、道中何が起こるかは予測できない。自分の身は自分で守るように。それと、俺の傍から絶対に離れるな」 「うん。気をつける」  僕たちを運ぶ馬車は2日かけて同盟国のチュロッキー王国へ辿り着いた。幸い、道中では山賊に襲われることもなく、無傷のまま3000人の兵がチュロッキー王国の国門を通ることができた。 「わぁ。みんな耳としっぽが生えてるんだ」 「チュロッキー王国はうさぎの獣人の国だからな。たまに移民の犬や猫の獣人も見かける」  王子がチュロッキー王国の王と謁見する間、僕は用意された部屋で待機することになった。 「すごい…真っ白でもっふもふだあ」  用意された部屋は、うさぎの白い毛のようなふわふわとしたもので満ちていた。大理石のソファも、猫足のローテーブルも、ふわふわともこもこがいっぱいくっついている。僕はそれを撫でながら、不意にメビウスのことを思い出す。  冥界の皆は元気にしているだろうか……。  そんな不安がよぎったとき、僕の心臓がばくんと大きく跳ねた。 「う、嘘……まさか……」  発情期を迎えてしまったのだ。  まずい、隣国で発情期を迎えるのは初めてだ。 「鍵、かけなきゃっ」  言うことをきかない気だるい身体を動かして、部屋の鍵をかけようとしたその時。
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