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第76話

 僕の素直な感想を王子はかなり気に入ったらしく「ふふん」と得意げに鼻を鳴らした。馬房の外に小さな丘があるので僕らはそこで休憩をとることにした。 「えっ? いいよ。なんか申し訳ないから」  丘の芝生の上に腰を下ろそうとした僕を王子が手で制する。すると着ていた白いローブを芝の上に敷いたのが見えて思わず声が洩れた。 「いいんだ。ここの丘の芝は少しちくちくしているから、そのまま座ったらお前の尻が泣くぞ」 「尻が泣くってそんな大袈裟な……」 「いいから。ほらこうやって」  王子が先にローブの上にあぐらをかいて座った。僕も隣に腰掛けようとしたら腰ごと抱き寄せられて、かひゅと喉の奥に悲鳴が上がった。 「わっ」 「はあ。やっと2人きりになれた」  すうーっと王子が大きく僕の胸元に鼻を埋めて息を吸う。僕は汗くさくないか心配になり、王子の腕の中から逃れようと身を捩る。 「く、くっつきすぎじゃない?」 「くっついていたらダメなのか?」  うるるんとしたアーモンド型の大きな瞳に見つめられ否定の言葉が出てこない。シュカ王子は表情管理に長けていて、その時々で甘えるような表情だったり、ちょっかいを出してくる悪戯な表情だったりを完璧にコントロールしているのだ。今は甘えんぼうモードに入っていて僕を膝の上に乗せて上半身を抱きしめて離さない。細身の王子からこんなに強い力で抱きしめられると、この力はどこから湧いてくるのか不思議でたまらなくなる。手持ち無沙汰な面持ちの僕はそろそろと手のひらを王子の後頭部に載せてよしよしと頭を撫でた。ミミリアにしたように優しく撫でていると王子は目を細めて猫みたいに小さく欠伸をした。  ちょうど昼下がりの時間も相まって群青の青空の下で日向ぼっこをするのにも最適だった。周りには森が連なり、近くにある川のせせらぎも聞こえてくる。森の中のマイナスイオンが全て僕たちに注がれている気がしてほっと肩の力を抜く。そういえば冥界からフォリーヌ王国に戻ってきてからシュカ王子と2人で過ごす時間が取れていなかった。その分こうして甘えたくんになっているのかなと思うと、主人の帰りを待ちわびてくれた忠猫みたいでおやつをたくさん与えたくなる。 「……シュカ王子はかわいい白猫さんだね」 「……そうか? なら阿月は黒猫だ。怖がりで穏やかで人見知りだが、馴れるとこうして懐いてくる。猫の中でもツンデレ度合いがすごいぞ」 「……僕、ツンデレなのかな」  ギュッっと背中を抱きしめられながら間近でそう言われると嬉しいような恥ずかしいような気持ちが心の中で反復横跳びをした。おそらく23回くらい。王子は甘いセリフを難なく囁けるからロマンチストなんだろうなとも思っていた。

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