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裏付け

 市内に戻った藤永は、住民課の窓口で久しぶりに苛立っていた。特に伏見が憤怒寸前だった。柄にもなくカウンターへと指を小刻みに打ち付け、それが徐々に速度を増している。イライラの数値が振り切ってしまう前に、こちらが欲しいものを出してくれればいいのだが。  機械のような対応をしてくる事務員を、睨むように見下ろしたが、彼女はびくともしない。  面倒な住民の扱いに長けているのかもしれないが、こっちは早々に警察手帳を見せているんだ。それなのにさっきからテンプレの言葉しか返してこない。 「もう一度言いますけど、昔この場所で暮らしていた住人と連絡が取りたいって言ってるんですよ。事件のことで聞きたいことがあるんです。さっきから何度同じことを言わせるんですかっ」  伏見の言葉にこめかみをひくつかせる女性は、小さな声で何か呟くと事務所の奥へと消えて行った。 「先輩。あの人、何て言ったか聞こえました?」 「いいや」 「待ってろとか、何か言ってくれてもいいのに。にしても、態度の悪い人ですね。個人情報だからとかって、マニュアルばかり言って。こっちは刑事だって言ってんのに」  頭から湯気が出そうなほど、苛立っている。地団駄を踏む姿は、癇癪を起こした小学生に見える、と言ったら今度は顔を真っ赤にして怒るから口が裂けても言えない。 「俺らが刑事だから、面倒事とでも思ったんだろうな」 「いや、市民のために働く人でしょ? いいんですか、あんな態度で。他の人に声かけた方がよかったっすね」 「俺達も似たようもんだろうが」  伏見の怒りに同調は見せたが、藤永にとって事務員の態度などどうでもよかった。  こっちが欲しいものさえ出してくれればいい。今は何よりも時間が惜しい……。 「お待たせしました」  覇気のない声と同時に、さっきの事務員が分厚いファイルを手に受付まで戻ってきた。 ドサっとカウンターの上に置き、付箋で目印してあるページをめくって、コンコンと指先で一箇所を指し示している。 「これは?」  伏見の問いに目も合わせようともせず、 「ここに書かれているのが、岩城荘の住人の住民移動届けです。役所によって異なりますが、ここではできる限り保管しておりますので」と、抑揚のない声で伝えられた。 「これ、コピー貰っても──」 「こちらを」 「あ、ああ。ありがとう」  伏見の言葉を遮るよう言い放ち、事務員は数枚の写しを差し出した。  予想を反した用意周到な振る舞いに、藤永と伏見はチラリと視線を合わせたあと、七名分の用紙に目を落とした。 「因みに、ここに印してある方達は既に生存しておりません。アパートが閉鎖される前に他界されていたと思われます」  彼女の言葉通り、三名の名前の先頭に赤ペンでマルが付けられている。他の名前に目をやると、フルネームに加え、新住所と生年月日の記載があった。 「助かります。お忙しいところ、すいませんでした」  伏見の言葉に事務員は背を向けた──かと思ったら、肩越しに振り返りながら軽く会釈をして戻って行く。思わず二人も頭を下げてしまった。 「中々の塩対応でしたね。最初から協力的ならもっと可愛いのに」 「なんだ、お前のタイプか? 年上でツンデレ」 「ち、違いますよ! 俺は清楚で従順な子がいいんです──ってそれより、どうします? こっから」 「四人をしらみ潰しにするしかないだろう。時間がない、さっさと行くぞ。遠方にいる二人は別班に頼もう。俺らは市内に住んでるこの二人だ」 「了解でっす」  勢いのある号令に従うよう、車へと戻った伏見がアクセルをふかす。  地下駐車場に甲高いスキール音を響かせながら、二人を乗せた車は地上へと走って行った。

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