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しあわせです
一日かけてアトリエを捜査したが何も出ず、八方塞がりになった藤永は伏見からの飲みの誘いも断り、帰宅しようとタクシーを止めた。
運転手にどちらまで、と行き先を聞かれ、自宅の住所を告げようとしたが、口が勝手に千乃のアパートの場所を告げていた。
車内からメッセージを送ると、すぐに返事がきた。
画面に表示された文字にほくそ笑むと、窓硝子に映った自分のニヤけた顔に慌てて苦笑を上書きする。
ひとりでいたくなかった藤永は、千乃の顔を見て癒されたくなり、疲弊したことも忘れて膝に乗せたケーキの箱に視線を落とした。
チーズケーキを前にした千乃の笑顔を想像すると、勝手に表情筋が緩んでくる。
早く顔が見たい一心で、走行速度が遅すぎるんじゃないかと焦れてくる。
思わず後部座席からメーターを覗き見たが、制限速度内だった。
ようやく目的地に着き、降車しようとしたが、慌てていたせいでコートがシートベルトに絡まった。
ケーキを気にしながら、乱暴に生地を引っ張っていると、鏡越しに何やってるんだと言うような顔の運転手と目が合う。
いい大人が恥ずかしい。いや、そんなことよりも今すぐ千乃に逢いたい。
会って、思いっきり抱き締めたい。
逸る気持ちのまま階段を一気に駆け上り、部屋の前で深呼吸をしてからインターホンを鳴らした。
「真希人さん、いらっしゃい。お仕事お疲れさまです」
ドア開けたら天使がいた……と、ベタな小説の書き出しのようなセリフが頭の中に浮かんでしまった。
笑顔で労ってくれるのは嬉しいが、頬に残るナイフの傷痕が痛々しい。
声をかけるのも忘れて藤永は、傷痕を撫でていた。
「もう痛くないですよ」
にっこり笑って言うから、我慢できず片手で千乃の体を抱き締めていた。
「まきとさん?」
「会いたかった、千乃……」
細い肩に顔を埋めて甘えて言うと、遠慮がちな仕草で背中に手をまわしてくれた。
「俺も……です」
胸に頬ずりしてくる千乃が愛おしい。
自分の中にこれほど切なくて苦しい感情が宿っていたのかと、藤永は改めて思った。
「あ、真希人さん。夕食は食べました? お腹減ってませんか。簡単なものなら用意できますよ」
千乃の手料理……。どれだけ腹一杯でも食える。
「腹ペコだ」
正直に言ったのに、なぜか千乃が笑っている。理由を聞くと、
「だって、いつもクールな真希人さんが腹ペコって言うから。なんだか可愛くて」
いやいや、可愛いのは千乃だろう。そう言いたかったがグッと我慢した。
千乃が抱く『真希人さん』のイメージが崩れるかもしれないからだ。
口を開けば、かっこいいと言ってくれるけれど、それは敢えて意識してこなしていたことだ。千乃にちょっとでも好感を持ってもらえるように。
けれど今は、お互いの素顔を晒し合える関係になりたい。心からそう思っていた。
「寒かったでしょ、こたつに入って待っててください。すぐに作るんで」
コートをハンガーにかけ、スーツのジャケットも奪われて、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。千乃の一挙手一投足、全てが藤永を煽情してくる。
何を考えてる。千乃は怪我をしてるんだ。
ネクタイを外しながら自省し、藤永は出された熱いお茶を飲んで欲望を押さえ込んだ。
「美味かった。こんな美味いうどんは食ったことがないな」
「よかった、もう九時でしょ? 遅い時間だから胃に優しい料理がいいかなと思って」
洗い物をしながら背中越しに言うから、藤永は千乃の顔を見たくなって台所へと移動した。
「生姜が効いて、出汁も卵もとろとろで美味かった。千乃は料理がうまいな」
どうしても触れたくなって、千乃の背中を抱き締めながら耳元で囁いた。
千乃の体がピクッと自分の腕の中で反応を見せる。小さな誘惑に意識してくれているとわかり、藤永は調子に乗って照れている千乃の耳朶を齧った。
「ひゃ、も、もうびっくりしてお皿落としそうになったじゃないですか。珈琲を淹れるんで座って待っててくださいよ」
振り返った顔を真っ赤にして怒ってもちっとも怖くない。
可愛くていじらしい千乃をもっと見たい。 藤永の劣情に火が灯ると、「エプロン、可愛いな」と、吐息交じりな声を耳に注いだ。
「……っあ。あ、ご、ごめんなさい。お、俺変な声でちゃ──」
羞恥した言葉を閉じ込めるよう、藤永は千乃を強引に振り向かせてキスをした。
「そんな声出すな。我慢できなくなるだろ」
一瞬だけ唇を離して言うと、すぐまた桜唇を啄んだ。
「……っんん、まき……あう……」
チュチュと激しく貪ると、千乃の口から甘い蜜が溢れてくるからそれを舌で掬った。
「可愛い、千乃。ゆき……」
千乃の背中をシンクに押し付け、無我夢中で口付けをしていると、千乃の体が徐々に下へと下がってきた。
藤永が慌てて抱き抱えると、「も……立って、られ……ない」と、息絶え絶えに呟いている。
頬を蒸気させ、高揚している姿を見てしまったら、もう我慢できない。
千乃の手を取ると、そのままベッドに押し倒した。
「千乃、ごめん。怪我してるのに俺はお前に触れたい」
覆い被さる形で懇願すると、差し伸ばされた手で頬を撫でられた。
「平気です。もう痛くないから。それに、俺も……真希人さんに触りたい。ずっと、触れたかったし、触れて欲しかった」
自分と同じ欲望を聞かされ、藤永は上半身を起こすと、シャツを脱ぎ捨てた。すると、寝転がったままの千乃も、モゾモゾとパーカーを脱いでいる。
好きな相手を裸にしていくのもいいが、自ら素肌を晒そうとしてくれる姿もたまらない。
お互いが一糸纏 わない姿になると、短い口付けを交わし、気持ちを確認するように見つめ合った。
「千乃、途中で用意するのもアレだし……その、先にクリームかジェルを用意しとかないか」
遠慮がちに言ってみると、千乃がベッドサイドチェストからボトルを出して差し出してきた。
「これ、買っておきました。あと、ゴム……も」
触れると火傷するんじゃないかと思うほど、千乃の顔が真っ赤になっている。
なんだこの可愛い生き物は……。
藤永が見惚れていると、「す、すいませんっ。俺、はしたない……ですよね。やる気満々みたいで。うわぁ、恥ずい……」
ボトルとゴムの箱を持ったまま、顔を覆ってる千乃はなんていじらしいんだ。
我慢が限界に達し、藤永は思いっきり千乃の体を抱き締めた。
胸と胸の隙間をなくすよう、千乃に体重がかかって重いのがわかっていても、腕の力を緩めることができずに抱き続けた。
「真希人さ……ん。好き、好きです……」
甘い告白にダメ押しされると、千乃の手からアイテムを奪い、傍に転がすと夢中で千乃の唇を奪った。
唇で唇をこじ開け、探しあてた舌を舌で絡める。淫靡な音が響いても、千乃が恥ずかしがっても止まらない。
息遣いが荒々しく、同じように千乃の柔肌を弄る手も乱暴になっていた。
「あん、まき、とさ……、そこ、触っちゃ……」
小さな桃色の突起に吸い付き、期待してピンと立っている反対の粒を指先でギュッと摘んでは、カリカリと爪で引っ掻いた。
そうする度に千乃の腰は浮き、喜悦が唇から漏れだす。
ずっと口付けをしていたかったが、千乃の全身を味わいたい。
藤永は乳首からヘソまでを、舌で舐めながら下降していった。穴をこじ開けるようにヘソを責め立てると、「っだめ、そこ、ぐりぐりしちゃ……。ああっ、はぁ……ん」と、甘い声が藤永の耳を攻撃してくる。
「千乃、ゆき……。可愛い……。コレ、ひとりで買いに行ったのか。可愛すぎるだろ」
だって……と、言いかけた言葉を、藤永が唇で飲み込んだ。
「……千乃、コレ、俺が使っていいんだろ?」
ボトルの蓋を開けながら藤永が見下ろして言うと、千乃がコクコクと小さく頷いてくれる。
「ちょっと、冷たいぞ」
予告してはみたものの、千乃の蕾に指で塗りつけると、ひゃっと声を漏らしている。どんな声を出しても、どんな顔をしていても全てが愛おしい。
クチュクチュと指でゆっくりほぐしていくと、その度に発する可愛い喘ぎ声が藤永の忍耐を覆そうとしてくる。
「……ゆき、もう入れて、いいか」
耐え忍ぶことに限界を感じ、藤永が甘えた声で言うと、
「……はい。俺も、真希人さんが欲しい」と吐息混ざりに言われ、その言葉だけで達しそうになる。
千乃の了承を得ると、藤永はもう一度抱き締めた。今度はそっと、壊さないように。
さっきから痛いくらい唆り立っている、藤永のモノを千乃の小さな窄まりに当てがう。
ローションの滑りと、既に溢れている先走りを使って狭い中をこじ開けようと、藤永の腰がゆっくりと千乃の下半身を押していく。
「……は……った? まき……とさ、っんん、ぅん……」
返事の代わりに口付けをした。
数秒ほど千乃の甘い唇を味わうと、細い腰に両手を添えて藤永は激しく抽挿を繰り返した。
「あああ、あんっ、あ……い、い。まき、とさ……んぅん、奥、気持ち……いい、ああっ」
かぶりを左右に何度も振って自分の指を齧り、声を出さないよう努力をしている姿がたまらない。
いつまでも見ていたかったけれど、指に歯形がつくし、何より感じている声を聞きたい。
「千乃、声、聞かせろ……。俺だけしか聞いてない」
耳元でねだったけれど、また千乃は首を左右に振って拒否している。
「なんで、いいだろ。千乃の声、聞きたい」
「だ……め。ここ、かべが薄いから聞こえ……ちゃうんんっ」
嘆願されても藤永の腰は止まらない。
奥へ奥へと、千乃の最奥までを知り尽くそうと、藤永は千乃を甘く攻め立てた。
快感に抗えず千乃の腰がくねっている。
「やば……い、そんなに腰を揺らすと、たまんない……。千乃、千乃、ゆき……ゆき、好きだ。お前だけだ」
愛くるしさに翻弄された藤永は、さっきよりも一段と激しく抽挿を繰り返し、その度に発せられる蜜熟した声で頭の芯を痺れさせていた。
「ああ、真希人……さん、もう、もう、俺、お……れ、でちゃう。だめ、だめ……イクぅっ」
千乃のモノから白濁が放たれると、剥き出しの下半身同士を数回ぶつけたあと、藤永も千乃の中に欲情を放った。
ピクピクと小刻みに震える千乃の体を抱き締めると、藤永は額、鼻、頬、そして唇へと千乃へ口付けをした。
「千乃、体……平気か」
今さらな質問をしてしまったけれど、腕の中から見上げられ、花が綻ぶように笑って頷いてくれた。
「……なら、よかった」
安心と労り、そして感謝と愛情を込めて、小さな体をギュッと抱き締めた。
「……真希人さん。俺、幸せ……です」
千乃のひと言に、藤永は涙が出そうになった。
何気ないその言葉は、他の人間から聞いてもさほど響かない。けれど、千乃の口から溢れた『幸せ』と言う言葉は、あまりにも重くて尊すぎる。
実感して初めて生まれる、幸せだという言葉を自分に向けて言ってくれたことに、藤永の方こそ幸せだと心から思った。
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