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不本意

「先輩、本当にやるんですか? バレたら始末書どころじゃ済まないかもしれませんよ」  いつもの出勤時間より早く呼び出された伏見が、今朝聞かされたばかりの話しを確認するように小声で尋ねてきた。 「ああ。もうこれにかけるしかない。俺が勝手にやったことで、お前は何も知らなかった。これは俺の我儘だ」  言い出したら聞かない頑固な性格は、昔から嫌と言うほど知っている後輩。それをわかってくれていることに甘え、藤永は深々と伏見に頭を下げた。 「もう、分かりましたよ。先輩は言い出したら聞かないし」 「すまんな」 「……由元は先に取調室に移動させてます。ちゃんと見張りの人にも、先輩が取調べするってのも話してます。例の事は言ってません──って言えるわけないですけどね」  複雑そうな顔をする伏見の頭部をくしゃりと掴むと「悪い」と、もう一度詫びを入れると取調室の前で足を一旦止めた。  ポケットに手を突っ込み、確認するよう指先を中で動かすと肩で大きく深呼吸をした。  今からやろうとしていることは、はっきり言って博打だ。外したら伏見が心配するように首になるかもしれない。  決心が緩みそうになって、足を一歩前に出すことにも怯える。  目を閉じて今度は小さな呼吸すると、傷だらけで脆弱していた千乃の顔が思い浮かぶ。  千乃をあんな目に合わせた相手へ挑むよう目を見開くとドアを開けた。 「おはよーマキちゃん──じゃなかった藤永刑事。こんな朝早くから連れてきて一体何事? ってか何で後ろ手に手錠なの」  相変わらずの飄々とした態度にも動じず、藤永は柊の目の前に腰を下ろした。 「悪いな朝早くから。俺も焦っててさ、最後の悪あがきでもう一回お前のDNAを調べさせてくれよ」 「前も、口の中にグリってやられたけど、意味ないと思うよー」 「ああ。けどもう一回だけ試させてもらう。今度は髪の毛と爪、血液もだ。お前が暴れたら困るんで、後ろ手に掛けさせてもらったんだ」 「ふーん、別に暴れたりはしないけど。いいよ、唾液と、髪の毛、それと爪だっけ?」 「ああ、血液もな」 「はいはい。マキちゃんの頼みなら、爪であろうが血であろうが何でも提供するよ。期待に応えれないと思うけどね」 「……じゃ、早速で悪いが。伏見!」  監視鏡越しに呼ばれた伏見が、無精髭を生やした浦上を引き連れて取調室へ入って来た。早朝から呼び出された強面の顔は、部屋へ入ってくるなり、藤永をジロリとひと睨みしてくる。 「こんな朝早くから呼び出しやがって、何考えてっか知らねーけど、藤永、この貸しは高くつくぞ」 「すいません。よろしくお願いします」  軽く会釈をしながら目配せする藤永の横を通り過ぎると、浦上は手際良く準備を始めた。 「まずは髪の毛だ、抜くぞ」 「どーぞ」  朝日が窓越しに色濃く差し込んでくる中、取調室では浦上が黙々と作業を進めていた。 「じゃ、次は唾液だ。口開けろ」 「これ前にもやったじゃん。口以外じゃだめなの?」 「ああ、悪いな。念のためだ」 「はいはい」  だるそうに柊が口を開くと、浦上がその中を綿棒でこそぎ取った。 「いいぞ、閉じて」 「うわっ、これ苦っ! 不味っ。前はこんなんじゃなかったのに」  うげぇー、と言いながら柊が舌を外に出して、味わった苦味を追い払おうとしている。 「前のは簡易検査で、今回のとは薬品が違うからな。水飲むか?」 「飲むよ、飲む飲む」  相当苦かったのか、柊は舌を何度も出し入れし、口の中の環境を何とか回避しようとしていた。 「ほら、足りなかったらまだあるぞ」  藤永は水の入ったコップを差し出すと、柊が急いで一気に飲み干した。 「ふー、まだ何となく苦いし。本当にこれって体に害ないのかよ」 「問題ない。検査薬なんてこんなもんだ。ほら、水」  藤永は空になったコップを受け取り、もう一杯分の水を満たし、柊は二杯目も飲み干した。 「はー、こんな思いして何にもなかったら、俺訴えちゃうかもね」 「それは困るな。俺はまだ無職になりたくないしね。お前がとっとと吐いてくれれば楽なんだけどな」  勾留されて退屈だったのか、朝からベラベラと言葉が尽きない柊を、まるで観察するかのよう藤永は見据えながら話しを続けた。  留置所は寒いだの、隣からいびきが聞こえてうるさくて眠れないだのと、話す内容が世間話から愚痴へと変わっていく。そんな柊に対し、藤永は時々相槌を打ったり返事をしたりを繰り返していた。 「なあ、朝飯ってまだ? 俺早起きしたから腹減ってんだよね。マキちゃん何かコンビニで買って来てよ」 「それは違反になる。始末書を書きたくないから無理だな」 「ちぇーケチだな。ってかさ、俺、何時までここにいるの? もしかしてさっきの検査結果出るまで、ここにいなきゃダメなのか」  後ろ手に拘束されたままの手を重力に逆らわずダラリと下げ、足は前に投げ出しながら、柊がウンザリした態度を全身で表している。 「……そうだな。このまま尋問してもいいんだが──」  言いかけた言葉を途中で止め、藤永はごくりと喉仏を鳴らした。 「……っちよ……、何これ。何か……身体あ……つい」  次第に呼吸を荒げ、冷や汗をかき出す柊を前に、肩でホッとため息を吐いた。  藤永の表情で何かを読み取ったのか、柊が縛られた手をどうにかしようともがき、必死で足をばたつかせだした。 「効いてきたか。それじゃあ最後の検体を採取しようか。俺としては非常に、本当に心の底から不本意だけどな」 「……っまえ、何を、飲ま……せた」 「催淫剤だ」 「さ……い……ざい……だと」 「ああ。いわゆる媚薬……いや、この場合は強制剤と言う方がいいか。ちょっと量多めだけどな。通常の五倍ほどだが死にはしないから安心しろ」  淡々と説明しながら、藤永はジャケットのポケットからゴム手袋を取り出し、両手に装着すると手首にゴムの音をパチンと響かせた。 「おま……え、まさ……か」 「安心しろ、素人でも手に入る性欲を催させる薬剤だ。生憎お前を口説くために用意したもんじゃないし、衰えぎみの性欲を強めるためでもない。お前はそんな歳じゃないしな」  手袋の手のまま、藤永が次に取り出したのは避妊具だった。それを投げ捨てるよう机に置くと、柊のベルトを外してズボンをずらしていった。 「や、や……めろ! っめえ、なに……考えて……んだ」 「何って、これからお前のをしごくんだよ。俺はお前に愛情の欠片もないから手袋が必要なんだ。悪いな、素手じゃなくて」  藤永はあからさまに嫌そうな顔を浮かべると、下着の中から勢いよく飛び出した柊のモノを、思い切り手で掴んだ。 「おまっ! くそっ……離……せ」  催淫剤で体の動きが鈍くなったとはいえ、大の男が力を振り絞れば抵抗されて採取できないかもしれない。暴れる柊に舌打ちしながら藤永は「伏見、手伝え!」と叫んだ。  取調室のドアが開くと、これからさせられることが想像できるのか、拒絶反応を全身で表す伏見が、ジャケットを脱ぎながら柊の背後に立った。 「先輩、早く終らせてくださいよ。ほんっと俺の人生の中で屈辱の行為ですよ、これは」 「文句はいいからさっさとこいつの足を押さえとけ!」 「てめっ! ……くそ……はなしやが……れ」  身体中に熱を帯び、呼吸の早さに合わせるよう、柊のモノは血管を浮き立たせ、熱く硬くなっている。 「ほら、もうデカくなってきやがった。ガチガチでタマもパンパンだ。さあ、さっき言ってくれた約束事を果たしてもらおうか。俺の頼みなら何でも提供するって言ったよな」  藤永が柊のモノに避妊具をかぶせると、根元まできっちりはめ込んだ。  ゴムの上から激しく手を上下させると、藤永からの手淫(しゅいん)でたまらなくなったのか、体をぶるぶると小刻みに震えさせ、必死で吐き出すまい、と唇を噛んでいる。  男の方がどこを触れれば気持ちいいのかわかるだけに、柊は快楽に抗うよう首を左右に激しく振って抵抗している。  けれど、男の(さが)なのか、快感を吐き出したいと、避け難い肉体的反応が柊を襲う。抗うことができなくなった淫柱が、猛々しく屹立するとビクンビクンと脈打って、避妊具の中へと白濁が注がれていく。 「……はあ、はあ……。てめぇ、それをどう……する気だ……」 「どうって、もちろんこれも検体の一つだ。今日のメインはコレだったからな。伏見、浦上さんに持ってけ」  白濁液が溢れないよう、口を縛られたゴムを紙コップに入れ、藤永は露骨に嫌そうな顔をしている伏見に手渡した。  不本意な行為の後、賢者タイムを遂行している柊の衣服を直し、藤永は睨みを利かすその視線へ、対抗するように鋭い眼光を向けた。 「こんな、こと、刑事がしていいのかよっ」 「いいわけない。だが、俺にはもう手段を選んでいる時間はないからな。俺の推測が正しかったら、お前の全てが明らかになる」 「──ふん。そうかよ」 「なんだ、さっきまでと反応が弱々しいな。先に観念して吐いちまうか?」 「……っるさい。もう用はないんだろ、一人にさせてくれ」  これまでの強気な態度が一変し、憑き物が落ちたように柊が口を噤んでしまった。  取調室に無音が生じる中、藤永は別人のように大人しくなった男の姿をじっと見下ろしていた。

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