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ゆっくりと瞼を上けた。
周囲を見渡し、どこかぼうっとした気分のまま寝台から起き上がる。
シーツには俺一人分のぬくもりしかない。ルーは相変わらず神出鬼没だ。
「ふわぁ」
大きくあくびをして、俺はサイドテーブルの上に置いてあった紙切れを見る。
男らしいというべきなのか。はたまた乱雑というべきなのか。お世辞にもきれいとは言えない字で綴られているのは短い言葉。
『また来る。朝食は買ってきてあるから』
素っ気ない文章だ。ただ、俺のことを気遣っているというのは嫌というほどに伝わってくる。
ルーはいつもこんな感じだ。無愛想だし、口数も多くないタイプ。そのせいで勘違いされてしまうことも多いらしいが、俺はルーの態度が好き。
長年一緒にいてしまったから、情が移ってしまっているのかもだけど。
一人用の食卓テーブルにはいくつかのパンが載っていた。一つを手に取って、寝台に戻って腰掛ける。
袋を開けてパンをかじった。ルーの行きつけのパン屋のものだという総菜パンは、とても美味しい。
「今日は朝の配達はないし、ゆっくりできるなぁ」
パンをかじりつつ、小さくつぶやいた。
花屋の業務の中には週に三度の配達がある。
今日は配達は休みなので、朝はゆっくりと出来る。花屋自体の開店時間もそこまで早くないし。
(ルー)
室内を見渡し、無意識のうちにルーの跡を探してしまった。
しかし、ルーはいつも跡を残さない。自分のものをなに一つとして置いて行かないやつは、きれいに片づけていく。
――まるで、自分が初めからいなかったかのように。
「ルーは俺との関係をどう思ってるんだろ」
口から言葉が零れた。
気が付いてぶんぶんと首を横に振る。
面倒なこと、思っちゃダメだ。俺とルーはセフレ。深入りなんて言語道断の仲。
本名を知りたいとか、痕跡を残してほしいとか。わがままは言えない。ルーに迷惑をかけたくない。嫌われたくない。
ルーが唯一残した置手紙を見つめて、パンの欠片を口に放り込む。
咀嚼して、呑み込んだ。ちょっと濃い目の味付けの総菜パンは、本当に美味しい。レシピが知りたいくらいだ。
なんて考えて、また寝台に横たわった。鈍く痛む腰は昨夜の行為を否応なしに思い出させる。
自然と腹の奥底が疼いた。
(朝から、こんな)
徐々に荒くなっていく息を整え、目を瞑る。
朝から盛っているんじゃない。落ち着け、俺。
自分自身に言い聞かせ、身体の昂りを必死に押さえ込む。
それに、そもそもルーがいないのに腹の底を満たしてもらえるわけがない。自分じゃ、届かないから。
「っはぁ、ルーのにおい」
毛布を抱きしめ、ほのかに感じる愛おしい香りをかぐ。
ルーは香水をつけていないのに、いい匂いがする。これを嗅ぐだけで、心臓がとくとくと早足になって、頬に熱が溜まるのだから質
が悪い。
自分の頬に手を当てた。撫でてみても、気持ちよくない。ルーと同じようにしているのに、やっぱり違うとわかってしまう。
ルーの手は大きい。ルーの指は太い。ごつごつとしていて、皮膚だって硬い。俺のものとは全然違う。
「ルーのこと、知りたい。だけど、知りたくない」
知ってしまうと、この関係が終わってしまう。
すぐに想像が出来るし、大切な存在なんて二度と作りたくない。
もう、失うのは嫌だ。失って独りぼっちになってしまうのが嫌だ。
「本当、俺って面倒だな」
口元に嘲笑が浮かんだ。
その後しばらく寝台で悶々として、起き上がる。時計の針は出勤時刻の三十分前を示していた。
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