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二日後。
俺はナイムさんに手渡された地図を頼りに、待ち合わせ場所に向かっていた。
交渉の内容は値段面。そして、どの種類の花をどれだけの量、頻度で仕入れるかという打ち合わせ。
(えぇっと、ここを右に)
地図を見つめて、必死に歩いた。
こういう値段交渉は主に店舗で行うことが多い。けど、なんでも相手の方が忙しいらしく、場所を指定してきたそうだ。
人のいいナイムさんは断ることもなく了承。条件を受け入れた……ということらしい。
「しかしまぁ、ここら辺はなんていうか――」
周囲を見渡して、ぼうっとする。
ここら辺は武器屋とか家事やが並んでいる通りのようだ。この通りにいる人間は男ばかり。しかも、屈強な体格の人たちが多い。俺とは、全然違った。
(って、いけない。こんなことを考えている暇はないんだって)
すぐに現実に戻る。待ち合わせ場所まで、あと少しだ。
頑張って、歩かなくちゃならない。
それから十分後。俺は待ち合わせの場所となっていた建物の前に来た。
ただし、口をあんぐりと開けて。
(いやいやいや、なんていうか、なんで?)
建物を見つめる俺は混乱する。だって、ここ――騎士団の本部だし。
(え? もしかして新しいお得意さまって騎士の方――?)
頬が引きつったのがわかった。
しかも、騎士団といっても王立騎士団だ。
騎士の中のエリート中のエリートしか入れない、とんでもないところ。
(いや、違う可能性もあるのか。大富豪とかだったら、警戒してここを指定してくることも……)
一瞬思い浮かんだ可能性をないと判断した。
だって、花屋との打ち合わせで一体なにを警戒するというのだ。大金が動くわけでもないのだから。
(――帰りたい)
頭の中にそんな欲求が浮かんだ。
正直、場違いだ。パトロールかなにかから戻ってきたのであろう数名の騎士が、こちらをちらちらと見つめている。
居心地が悪くてたまらない。
「けど、なにもせずに帰るわけにはいかないんだよなぁ。ナイムさんの顔を、汚すことにもなるし」
相手を怒らせるのは店にとって悪手だ。だって、悪評が広まったらお客さんが減る。
よし、行こう。
「背に腹はかえられない。行くか――!」
と呟いて、足を踏み出したとき。
建物の扉が開いて、一人の男性が現れた。
彼は青色の髪の毛を短く切りそろえていた。その目の色も同じ青。どことなく冷徹に見える彼は、俺を見て目を瞬かせる。
「え、えぇっと――」
しばしの沈黙。なんて声をかけたらいいかがわからなくて、俺は視線をさまよわせた。
すると、男性はこちらに大股で近づいてきた。見れば見るほど、彼の顔立ちが整っていることがわかる。
色彩的にも、きりりとした表情も。美しい顔が、彼をクールに見せている。
男性は俺の前で立ち止まった。背丈の差がありすぎて、見下ろされる俺。見下ろす彼。
(ど、どうすれば――?)
そもそも、この人は俺がここに来た理由を知って――いるわけがないだろう。
つまり、俺は不審者だ。王立騎士団の本部の前でたむろする、不審者。
「……キミ、名前は?」
男性が表情を少しだけ緩めて、問いかけてくる。なので、俺は視線を逸らした。
「ユーグ、です」
今にも消え入りそうなほどに小さな声で、名乗る。
また、しばしの沈黙。いたたまれない。
「え、えぇっと、俺は、仕事でここに来ていてですね……」
しどろもどろな言い訳。本当に消え入りそうな声だった。
完全に不審者だ。捕まっても文句は言えない。事情聴取をされたとしてもおかしくはない。
「――ユーグ、ということは」
男性が言葉をつぶやいたかと思うと――その大きな手で俺の肩を強くつかんだ。
驚いて彼の顔を見る。――笑っていた。それはそれは、人懐っこい笑みだった。
「待ってたよ! キミが『ポエミ』の店員のユーグか!」
「は、ぇ?」
「ごめんごめん、最近不審者情報が多くて、ちょっと警戒しちゃっててさ」
なんだろうか。
(クールなんてかけらもない態度だ!)
……怯えて損したじゃないか。
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