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俺が表情を硬くしていると、男性は俺に顔をぐっと近づけてきた。
口づけできそうなほどに近い距離にある端正な顔。心臓がドキドキと高鳴る。
(でも、ルーのほうが美形だよな)
ただ、それを理解するとドキドキが止んでいく。
俺の心臓はどうやらとても現金らしい。悟った。
「俺はデヴィット・カステン。この騎士団でいろいろなことを――まぁ、主に衛生面のケアを担当しているんだ」
「あ、はい」
上手い返事が思い浮かばない。
そのせいで俺の口からは素っ気ない言葉がこぼれた。
かといって、彼――デヴィットさんは気にする様子もない。
っていうか、この人は貴族なんだろうか? だったら、さまとかつけたほうがいい?
「え、えぇっと、デヴィットさま? とお呼びすればよろしいでしょうか?」
若干上目遣いになって問いかけてみる。俺の言葉を聞いてデヴィットさまは首を横に振る。
「さんづけで呼んで。ここでは身分なんて関係ないからさ」
俺は部外者だと思うのですが。
一瞬口を挟もうかと思ったが、ここは素直に厚意に甘えておこうと判断した。
俺は「デヴィットさん」と彼の名前を口にしてみる。彼はにっこりと笑う。
「で、キミを呼んだのは俺なんだ」
薄々感じ取っていたけど、俺を呼んだのはデヴィットさんだったのか。
納得してうなずくと、彼は「ついて来て」と言って建物の奥へと進んでいく。俺は素直に彼を追う。
建物の中は殺風景だった。造花の類は見るけど、生花はなさそうだ。……じゃあ、なんで花屋を呼んだんだよ。
「いやね、ここって男所帯だし。いっちゃあなんだけど、衛生面って結構がばがばでさ」
デヴィットさんは聞いてもいないのにここの情報をぺらぺらと話す。まぁ、聞きたかったことだから黙って聞くけどさ。
「花とか飾ろうにも、誰も管理しないだろうなぁって思って」
だったら、本当にどうして花屋を呼んだんだ。
花は一種の生き物だ。管理しないなんてありえない。
俺はナイムさんに厳しく教えられてきた。
「けど、最近は女騎士も雇うようになったんだ。その女騎士たちからの要望で癒しが欲しいって」
「……へぇ」
つまりデヴィットさんは女性騎士たちの要望を聞いたということらしい。
案外いい人らしかった。でも。
「ですが、花は生き物です。管理をする人がいなかったら、簡単に枯れてしまいます」
考えようによっては、枯れたほうが売り上げ的にはいいのかもしれない。
ただ、花にだって命がある。易々と取り替えて終わりなんて切なすぎる。
俺の考えでしかないけど。
「その点は安心して。俺が責任をもって管理する」
デヴィットさんの言葉に、俺は胸をなでおろしていた。
普段から衛生面を管理しているということは、しっかりと花も見てくれるはずだ。
「それで、なんだけど。俺、あんまり花に詳しくなくて。だから、枯れにくい初心者用の花とかあったら教えてほしいんだけど」
そう言ったデヴィットさんがとある部屋の扉を開けた。
中は応接室らしく、ソファーとテーブルが置いてあるだけのシンプルな室内だ。
「とりあえず、入って。いろいろと打ち合わせをしたいし」
「はい」
断ることなく、俺は応接室の中に足を踏み入れた。流れるようにソファーに腰を下ろして、驚く。
(このソファー、すごくふかふかだ――!)
きっと、高価なものなんだろう。
少し跳ねるみたいに動いてしまって、ハッとする。デヴィットさんがこちらを見ていたからだ。
「ユーグって、すごく可愛いね」
彼は俺の行動を咎めることなく、ニコニコと笑って言った。い、いたたまれない!
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