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「で、では、始めましょうか」  気まずくて視線を逸らした俺は、話題も逸らした。  デヴィットさんは異を唱えることなく、俺の話題の転換に乗ってくれる。  その後、俺はナイムさんからもらった資料を手に、デヴィットさんとの交渉という名の打ち合わせを始めた。デヴィットさんは高圧的な態度を取ることもなく、無理な値切りをしてくることもない。  口を開くのは俺の言葉に質問を投げかけてくると相槌を打つときだけ。  ナイムさんが俺にこの仕事を任せた理由がわかったような気がした。 「とりあえずなんだけど、花の量はこれくらいにしたいんだ」 「承知いたしました。この量でこの予算ですと――」  デヴィットさん曰く、騎士団にも予算というものがあるらしい。  王立騎士団は王家から支給された予算で運営しなければならない。だから、無駄遣いは許されないと。  でも、そんなかつかつの予算の中から、数少ない女性騎士たちのために花を仕入れようとしている。デヴィットさんはすごくよく出来た人なんだろうなって。 「じゃあ、それでお願いしようかな。思ったよりも早く打ち合わせも終わりそうだ」  にっこりと笑ったデヴィットさんが、俺の目を見つめてくる。  なんだろうか。デヴィットさん、まるでなにかを探っているみたいだ。 「え、あ。えっと、このことを団長さんは知っていらっしゃるのでしょうか?」  また、話題を逸らした。  普通に考えると、騎士団の予算を使っているのだ。責任者である団長の許可が必要なのではないだろうか?  俺の不安を感じ取ったのだろう。デヴィットさんは「問題ないよ」と笑っていた。 「うちの団長はけちけちするタイプじゃないからね」  さすがにそれは適当過ぎないだろうか?  俺が微妙な表情を浮かべたのがわかったのか、デヴィットさんはぶんぶんと手を横に振る。 「冗談。お金に関しては、専属の事務官が管理してるんだ。団長の許可は特に必要ない」 「へぇ」 「まぁ、誰彼構わずお金を使えるっていうわけじゃないけどね。いわば幹部職だけだ」  そりゃそうか。下っ端まで自由に騎士団のお金を使用できたら、それはそれで大問題だ。 「そうだ。ユーグって、うちの団長のこと知ってる?」  デヴィットさんの問いかけはわざとらしかった。  うちの団長、か。 「いや、あんまり詳しくは知らないです」  王立騎士団の団長。  それは騎士として働くものならば誰もが憧れる地位。  今の団長は名門貴族ルメルシェ侯爵家の子息、セザール・ルメルシェという男性が務めているらしい。  俺の知識はそんなものだ。 「ふぅん。じゃあ、顔も知らないの?」 「はい」 「珍しい。うちの団長、割と有名で人気者なのに」  そういえば、そうだっけ。  騎士団長セザール・ルメルシェといえば、民たちからの人気が天井知らずだと聞いたことがある。 (肖像画の価値は王族に匹敵するとか、なんとか)  むしろ、王族よりも人望があるかもしれない――とまで、ささやかれている。  もちろん、大々的にささやかれているわけではないが。 「ユーグって、ミーハーじゃないんだねぇ」  デヴィットさんの表情は、どこからどう見てもにやけ面だった。  面白がっているんだろう。 「百人中百人全員に好かれる人間なんて、この世にはいませんよ」  つまり、知らない人間がいたところでおかしくもなんともない。  そう、だよな? 「うんうん、それは正しいよ。ユーグ、正解」  なんだかおかしな態度だなって。  彼の口調、態度、様子。時計を気にするように、壁にちらちらと向けられている視線。  時間を気にしているんだろうか? 「あの、お忙しいんだったら」  そろそろ、お暇させていただきます――と言おうとしたとき。  部屋の扉がノックされる。来客のようだ。

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