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 本日の業務を終え、普段着に着替える。店を出ると、長兄は近くの壁にもたれかかっていた。  姿を軽くにらみつけ、俺は大股で長兄に近づく。 「で、なに? いきなり来られても迷惑なんだけど」  出来る限り強い口調で告げた。長兄はにんまりと口元を歪めたままだ。嫌な予感がする。  心臓がどくんどくんと嫌な音を鳴らす。落ち着けと自分に言い聞かせ、長兄を見上げた。 「……いや、ちょっと話があってな。じゃ、移動するぞ」  そう言って歩き始めた長兄の後に続く。  後を追うように歩いていると、たどり着いたのは薄暗い路地裏だった。  俺のことを路地裏に突き飛ばし、長兄が俺の前に立ちふさがる。どうやら、逃げ道を塞いだらしい。 「回りくどいことは嫌いなんだよ。……ユーグ、言いたいこと、わかるか?」 「……全然」  声が震えているのがわかった。  必死に視線を逸らし、動揺を悟られないようにする。が、長兄はここら辺のことには鋭い。俺の顎をすくい上げ、無理矢理視線を交錯させる。  そのままぐっと顔を近づけ、にたりと笑った。目には確かな欲望。じんわりと汗がにじむ。 「お前、男が好きなんだろ?」  疑問符はついている。だが、しっかりとした確信を持ったような声だ。  正直、それくらいはバレたって構わない。 「そうだよ。ま、正しくは男でも女でもどっちでもいい……っていうだけ」  実際そうだ。俺の恋愛対象は別に男だけじゃない。女でも大丈夫。単に好きになったルーが男だったというだけだ。 「大体、そんなの関係ないだろ。だって、同性婚だって認められた権利だ。それはとがめられるようなことじゃない」 「……まぁ、そうかもな。けど、貴族だったらそうはいかないだろ?」  息を呑んだ。もしかして、本当にルーのことがバレているのでは――?  不安を抱いて、視線をさまよわせる。長兄は笑っていた。 「特に高位貴族だったら、子供をもうける必要がある。つまり、異性間で結婚するのが推奨されている」 「……だったら、なに?」 「別に。俺は単に、大切な弟に不幸になってほしくないだけだよ」  わざとらしい言葉だ。心の中から沸き立つ嫌悪感を抑え込み、俺は長兄をにらみつけた。 「お前が男といるっていうの、俺は知ってるんだよ。見たっていうか、聞いたから」 「ふぅん、誰から?」 「それを教えたら面白くないだろ」  本当、こいつはクズで悪人だ。  内心では悪態をつきつつも、口には出さない。長兄をまっすぐににらみつけ続けて、教えろと目で訴える。  正直なところ、俺の恋愛対象が男だろうが女だろうが、誰にも関係ない。心配なのは――俺の相手がルーだと。騎士団長のセザールさまだとバレている可能性があるということだけ。 「きれいな男らしいな。観察した限り、お前のことが好きで好きでたまらない様子だったらしい」 「……あっそう」 「ただその男、貴族だって聞いた。……それも、高貴な人間だって」  この言葉からするに、長兄はルーが高位貴族だということまではつかんでいるみたいだ。まだ、ルーだとはバレていない。  大丈夫、大丈夫――。 「だから、俺、頼みがあってさ。ちょっと金を工面してくんない?」 「……は?」  俺の口からこぼれたのは、間抜けな声だった。どうして、そうなるんだ。 「お前が頼めば一発だろうしさ。俺、金に困ってて」 「……そういうの、迷惑なんだけど」  眉をひそめて告げる。こんな長兄のために、ルーに迷惑をかけることなどあってはならない。 「断るんだったら別にいいよ。お前を拉致して、身代金を要求するだけだから」  長兄が当然のように吐いた言葉に、俺は驚く。 (別に俺が拉致されたところで、身代金を払う必要なんてルーにはない)  それに、ルーに迷惑をかけるくらいならば、俺は死ぬ覚悟だ。この男に好き勝手なことをされるのも嫌だし。

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