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セザールさまの顔をぼうっと見つめた。彼の目に俺だけが映っている。心臓がとくとくと早足に音を鳴らす。
普段の適当な髪型じゃない。しっかりとセットされた髪。それだけで、他者に与える印象は全然違う。
「――セザールさま」
小さく彼のことを呼ぶと、セザールさまが俺の身体をぎゅうっと抱きしめる。
人通りはまだまだ少ない道とはいえ、こんなところ誰に見られるかわからない。
ダメだと頭が訴える。けど、セザールさまの体温がとても嬉しくて。俺は恐る恐る彼の背中に腕を回した。
「ユーグ。ずっと、会って話がしたかった」
まるで縋るようにささやかれて、俺はうろたえた。
視線をさまよわせると、セザールさまが俺の身体を抱きしめる腕にさらに力を込める。
逃がさないと言いたげな態度に、俺の心臓がさらに早い鼓動を刻む。
「その、こんなところ、では」
少ししてようやくつむげたのは、当たり障りのない言葉。いつ誰に見られるかわからないところで抱きしめ合うというのは、刺激的でスリルがあるのかもしれない。だが、俺は人目のないところで心置きなく抱き合いたい。
俺がこんなことを望む権利があるのかは、別として。
「ちょっとくらい、いいだろ。こんな砂だらけになって」
「っ!」
セザールさまの手が俺の身体を伝い、頬に触れた。
確かに俺は砂だらけ。みすぼらしい姿だろう。
今更実感して、頬に熱を溜める。見られたくなくて、視線を彼から逸らした。
彼の指が俺の頬を優しく撫で続ける。壊れ物を扱うかのような優しい手つきに、俺は戸惑ってしまって。
「あ、あの、セザールさま……」
上ずったような声で彼を呼んだ。彼はわずかに間を開けたあと「今まで通りに」とはっきりとした声で言う。
今まで通りって。
「俺のことはルーと呼んでくれ。あと、敬語はいらない」
俺の頬を指で撫で続け、セザールさまがおっしゃった。……敬語はいらないって。
「そんなの無理です。セザールさまはルメルシェ侯爵家のご子息なのですから……」
あと、騎士団長だ。
住む世界の違う人を軽々しく呼び捨てになんて、死んでも出来そうにない。
彼の目をじっと見つめると、セザールさまは悲しそうな目をしていた。心臓がちくっと痛む。
「俺はユーグの前で、セザール・ルメルシェでいたことは一度もない。俺はただのルーだ」
「……ですが」
「騎士団長でも、侯爵家の子息でもない。一般人だ」
両手で俺の頬を挟み込んで、まっすぐに俺のことを見つめて。セザールさまが訴えかけてくる。
……なんだろうか。なんていうか、やっぱりルーなんだ。俺の、セフレなんだ。
「……ルー」
「あぁ」
「ルー、ルー。ルーだ、やっぱりルーだ……!」
何度も何度もルーのことを呼んだ。そのたびにルーはうなずいてくれた。
なんだか言葉を覚えたての子供のような態度を取ってしまっている。それはわかるのに、俺の口は絶え間なくルーを呼び続けた。
「ユーグ……」
ルーが熱っぽい声で俺のことを呼んで、唇にちゅっと口づけた。
一瞬のことで抵抗することもできず、俺は目を真ん丸にする。
ほんのわずかに触れただけの唇が、熱くてたまらない。むしろ、身体自体が熱い。
「会えなかった分、ずっと一緒にいたい」
「それはさすがに、大げさだって……」
なにもそこまで言うことはないだろう。
恥ずかしくて彼をじっと見つめていられない。視線を逸らして、彼の背中にもう一度腕を回して抱きしめる。
もう離れたくない。気持ちが伝わるように腕に力を込めた。
(しっかりと、話し合う。俺はルーとセフレという関係は続けたくない)
ルーが好きだ。認める。
いつどこで好きになったとか、そういうのはわからないし、知ろうとも思わない。
ただ、いつしかルーのことを意識して、好きになっていたんだろう。
鈍い俺は今の今までそれに気が付けなかったけど。
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