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「なぁ、ユーグ」  ルーが俺の背中を撫でた。小さな子供をあやすような撫で方だ。色気なんてちっともない。  その触れ方が不満でルーの目を見つめると、視界が歪んでいることに気が付いた。俺の頬をはらりと涙が伝う。 「泣くな」  短い言葉だ。けど、その言葉が俺の胸の中に染み渡ってきて、なんだか余計に涙が止まらなくなった。  涙をはらはらと零す俺の顔を、ルーが自身の胸に押し付ける。この騎士服、高価だから涙で汚せないと思うのに。  俺は顔を上げることができなかった。涙とか鼻水とか、そういうものでぐちゃぐちゃだった。だから、顔を上げなくちゃならないのに――ルーと、ほんの少しも離れたくなかった。  ルーの騎士服をぎゅっとつかんだ。いや、つかんだレベルじゃない。多分これは、縋るのレベルだ。 「ルー」 「あぁ」 「――ごめん」  口から出たのは弱々しい謝罪の言葉。  ルーは俺の言葉になにも言わず、背中を撫で続けた。その手が俺の後頭部に移動し、髪の毛を優しく梳く。 「お、れは。本当はルーのことが……好き、だから」  今にも消えてしまいそうなほどの声。ルーにはしっかりと聞こえていたらしい。  抱きしめてくれた。鼻腔に届いた汗のにおいさえも、心地よくてたまらない。 「ひどいこと、言った」 「そうだな。俺は傷ついた」 「……ルーのこと、信じられなかった」 「本当、裏切られたって思ったよ」 「……身勝手だけど、許してほしい」  短い言葉の投げ合いは、途切れた。  ルーがなにも言わないのに不安になって、俺は顔を上げる。  ルーは笑っていた。きれいなきれいな笑みだった。 「――絶対に、許さない」  耳に届いた残酷な言葉。俺が目を見開くと、ルーは俺の背中から手を離し、俺の身体を自身から引き離した。  視線を合わせるようにルーが若干屈みこむ。視線が絡み合って、なんだかおかしな気持ちだった。  こんな風に見つめ合うなんて、照れてしまう。……そんな場合じゃないのに。 「だから、責任をしっかりとってもらう。俺の恋人になれ」 「ルー……」  まっすぐに告げられた言葉。結婚とか、婚約とか。  そういう言葉じゃない。俺はそれがとても嬉しい。 「俺にはユーグしかいない。本当は婚約したいし、結婚だってしたい。……だが、無理強いするつもりはない」 「う、ん」 「ユーグの覚悟が決まるまで、俺は恋人で我慢する」  ルーは本当にすごい人だと思った。  身分とか、生まれとか、才能とか。  そういうのもすべてひっくるめて、すごい人だ。あと、俺のことを誰よりもよくわかってくれている。 「いきなりこんなことを言われたら、戸惑うかもしれないが――」  返事をしない俺にしびれを切らしたのか、ルーが言葉を付け足した。ルーの言葉を遮るように口づける。  ルーの驚いた顔が視界いっぱいに広がった。 「俺、ルーの恋人に、なりたい……」  自分の声が驚くほどに震えていた。ただ、言葉は続けたかった。 「正直、婚約とか、結婚とか。そういうの全然想像できないし、覚悟もない。本当、いつまでも覚悟が決まらないかもしれない」 「だったら、ずっと恋人でいい」  こういうところが本当にルーだった。  ちょっと傲慢なところがあって、俺様で。どことなく強欲なオーラを醸し出すのに、優しい。  俺の大好きな人。 「俺はユーグを離すつもりなんてないし」 「……うん」 「フラれても、どこまでも追いかけていく」  ある意味ちょっと怖い言葉だ。なのに、俺は嬉しくてたまらない。恋は盲目というのはこういうことなんだろう。 「追いかけて、どうするつもりなんだ?」 「そりゃあ、な……」  視線を逸らすルー。照れているのか、言いにくいと思っているのか。  そういうところが、なんだか可愛らしい。 「なぁ、ユーグ。俺の屋敷に来ないか?」  が、いきなりの言葉には驚くことしか出来ない。話の流れをぶった切りすぎだったから。

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