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(じゅ、純粋――?)  アベラールさんの言葉を頭の中で繰り返した。  俺の表情はきっと間抜けなものだっただろう。アベラールさんの視線がほんの少し柔らかになる。 「えぇ、そもそもセザール坊ちゃんは割と自己中心的、身勝手な部分がありますので」  ……そう、だっただろうか? (確かに身勝手だったけど、自己中心的かと言われると……)  むしろ、俺のペースに合わせてくれ、俺のことを気遣ってくれた。あと、大切にもしてくれた。  自己中心的とは全然違う。献身的な性格だったはず。もちろん、誰にだって自己中心的な部分はあるけど。 「それに、セザール坊ちゃんに言い寄るのは自分に自信のあるお方ばかりでした。苛烈な人柄……といえば、伝わるでしょうか?」 「――あぁ」  それには納得。騎士団長で侯爵家の人間。しかも、見た目麗しい。  ここまで来ると、自分に自信のある人しか言い寄らない。  俺はルーが騎士団長だとか高位貴族だとか知らなかったから、のんきに関係を続けていた。  ――ルーに想いを寄せてしまった。 (ルーがセザールさまだって知っていたら、俺も気楽にセフレなんて続けていなかっただろうし)  地味で平凡。特別な能力もない俺。こんな俺が人気の高い騎士団長には相応しいわけがない。  根本がこれだから、すれ違っちゃったわけだし。 「なので、ここまで穏やかで純粋なお方を想われていたなんて……。感激しすぎて泣きそうでございます」 「え、えぇ……」  アベラールさんが本当に涙を流し始めたので、うろたえた。  俺が泣かせた感じにならないだろうか? 「な、泣かないでください。その、俺でよかったら。ずっとルーの側にいたい、です」  この言葉が正解なのかはわからない。むしろ、間違えている気すらしてしまう。  が、アベラールさんは黙って涙を拭った。文句を言われないっていうことは、これで正解――なんだろう。 「えぇ、今後とも末永く。どうか、セザール坊ちゃんをよろしくお願いいたします」  けど、こんなにも深々と頭を下げられると、どういう反応をするといいかわからなくて。俺は目の前で手をぶんぶんと振る。 「俺のほうこそ、ふつつかな人間ですが、どうぞよろしくお願いします」  返答、これであってるのかな……?  一抹の不安を胸に抱き、俺も頭を下げた。 (しかしこれ、いつまで続けたらいいんだろう)  そして、浮上した次の問題。俺もアベラールさんも頭を下げたまま動かないせいで、次の行動をどうしたらいいかわからないこと。 (俺から頭を上げるのは違う気がするし。かといって、アベラールさんから頭を上げることもないような気が……)  沈黙の場。大人の男二人がそろって頭を下げている。シュールだ。とてもシュールだった。 (この後、本当にどうしたらいいんだろうか)  混乱して、いっそ額に汗がにじむほどだ。先ほどまでとは全然違う意味で緊張している。 (誰か、来てくれ――!)  心の中での叫びが伝わったのか、部屋の扉が開いた。それからすぐに「お前ら、なにをしてるんだ」と呆れた声が耳に届く。 「あぁ、セザール坊ちゃん」 「遅いから呼びに来てみれば、なんで二人そろって頭を下げて無言なんだ」  ため息をつきつつも、ルーが俺のほうに寄ってくる。そのまま俺の顔を覗き込む。  寝起きに見るには美しすぎる顔だった。 「ユーグ、行くぞ」 「……いく? どこに?」 「朝飯食べるんだろ」  彼の言葉にハッとした。  俺の様子を見て、ルーが笑う。綺麗だけどにんまりとした意地の悪い笑みだ。 「わかっ――」  言葉が最後まで続かなかった。俺は目を丸くする。  だって、そうじゃないか。 「ルー!」  まさか、いきなりルーが俺の身体を横抱きにするなんて、誰が想像できるのだろう。

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