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「暴れるな、落ちるぞ」
手足をばたつかせた俺に対し、ルーが短い言葉をかけてくる。
さすがに落とされるのは嫌なので、抵抗をやめ、しがみつくようにルーの首に腕を回した。
「る、ルー? なんで……?」
視線をさまよわせ、小さな声で問いかける。ルーのことをまじまじと見つめることができなかったのは、昨夜の行為のせいだ。
だって、セフレ関係のときはルーは朝にはいなかったし……。
ルーは俺を抱きかかえたまま、屋敷の中を歩いていく。
誰かに見つかったらどうしようという不安は杞憂で、使用人たちはいなかった。
「昨夜はがっつきすぎたからな。身体が痛いかと思って」
さも当然のようにつむがれた言葉に、胸が温かくなる。
「……今までもずっと、こうしたかったんだ。朝まで一緒にいて、言葉を交わしたかった」
ルーの声がしんみりとしていた。俺の心臓もきゅうっと締め付けられているみたいだ。
「けど、お前が困るのはわかってたから。……夜のうちに出て行ってたんだ」
俺が――困る?
(そんなわけない。俺だって、ルーと朝を迎えたかったよ)
一緒に起きて「おはよう」って言い合いたかった。
できなかったのはお互い距離感が上手くつかめなかったからだろう。
「……でも、これからはずっと一緒だろ?」
腕に力を込めて問いかける。ルーが驚いたように目を瞬かせる。
「これからは、朝から言葉を交わせる。おかえりもただいまも堂々と言える」
ルーの身体に身を寄せて、抱き着いた。
「それとも、それはお前にとって不本意なことか……?」
返事がないのは、望んでいないからなんじゃないか。
胸の中によぎった不安に押しつぶされてしまいそうだった。
「……不本意じゃない」
少しして、今にも消えてしまいそうな声でルーが答えた。
「全然不本意じゃない。俺はユーグの帰る場所で、ユーグは俺の帰る場所なんだな」
「……当然だろ」
一緒に住むっていうことは、そういうことだろう。
「ただいまとかおかえりとか、言い合うんだろ」
「……あぁ」
「朝起きておはようって言って、夜寝るときはおやすみって言えるんだよ」
言葉はルーに向けたはずだった。なのに、俺の声は震えている。今にも泣きだしそうだった。
「そういうの、俺、本当はずっと憧れてたんだよ」
鼻水をぐずっとすすりつつ、ルーの胸に顔をうずめた。
「俺、もうずっと独りぼっちなんだって思ってたから……」
腕に力がこもる。ぎゅうっとルーに抱き着いて、また鼻水をすすった。
「おれ、ルーの帰る場所になるから。……結婚も前向きに考えるから」
「……そっか」
今すぐに――というのは絶対に無理だ。覚悟なんてそう簡単には決まらない。
それでもきちんと前向きに考えたい。確かに思っているんだ。
「俺もユーグの帰る場所だよ。愛してる」
俺の額にキスを落としたルーが、甘くささやいた。
胸の奥底からじぃんと幸福感が沸きあがる。そして、『好き』という気持ちも膨れ上がっていく。
「……ルーって、ズルい」
「なにがだよ」
「そんな風に言われたら、誰だって好きになるよ」
ルーのきれいな顔で、真剣に「愛してる」なんて言われたら。どんな難攻不落な人でも一発だろう。
「なんか、すっごく不安」
ただでさえ人気があるのに、これ以上人気が上がったら――俺は。
「気にしなくていい。俺が愛してるなんて言うのは、後にも先にもユーグだけだよ」
「っ! そういうのが反則なんだよ!」
多分、ルーは無意識のうちに人を惚れさせるんだろう。
これは一種の毒牙だ。俺も、ルーの毒牙にかかってしまったうちの一人。
もう、離れることなんてできそうになかった。
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