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その後、二人で朝ご飯を食べた。
ルーに案内されたのは、広々とした空間。部屋の中央に長方形の巨大なテーブルが設置されていて、周りを囲むように椅子が置いてある。そのうちの一つに腰を下ろすように言われ、俺は恐る恐る腰を下ろした。しばらくして運ばれてきたのは豪勢な料理の数々。
「今日くらいは豪勢にいきたいだろ?」
恐縮する俺に対し、ルーが微笑む。
「ユーグの好きなものとかあったら、言ってくれ。優先的に作ってもらうから」
「……は、はぁ」
なんだか違う世界に来たみたいだった。
そのせいで、俺は食事の際中ずっと緊張しっぱなし。
ただ、料理の味がわからないかも――という心配は無用だった。
(美味しい!)
スープやサラダ、パン。焼いたベーコンにオムレツ。そして、デザートのカットフルーツ。
全部美味しくて、気が付いたら俺はぺろりと平らげていたのだ。
「美味かったか?」
先に食事を終えていたルーが頬杖をついて問いかけてくる。俺はためらいなくうなずいた。
「そうか。気に入ってくれたなら、よかった」
ルーが心底安心したような表情を浮かべる。
(ルーも不安だったんだ)
俺ばかり緊張しているものだと思っていたけど、ルーも一緒だった。俺はようやくそのことに気が付いた。
朝食を終えると、ルーは仕事に行くための準備をすると言って私室に向かった。
食堂に残された俺の元に、アベラールさんがやってくる。彼の押すワゴンにはティーポットとティーカップがある。
「本日はお休みと伺っております。食後のお茶でも……」
「あ、どうも」
アベラールさんの言葉に俺は軽く頭を下げる。
長兄の事件のこともあり、俺は一週間ほど休みをもらうこととなった。完全にナイムさんの厚意だ。
「……ところで、ユーグさま。セザール坊ちゃんから聞いているかもですが、セザール坊ちゃんはあまりここに帰っていらっしゃいませんでした」
アベラールさんがティーポットを傾ける。紅茶を淹れる仕草は様になっていて、見るからに慣れている。紅茶に疎い俺でもわかる。
(っと、今はアベラールさんのお話だ)
俺はアベラールさんに向かって「聞いています」と言葉を返す。
「騎士団のほうに泊まり込みになることも多かったと――」
ルーから聞いたことを思い出す。騎士団長ってやっぱり忙しいんだろう。
「まぁ、それもありますが。……きっと、思うことがあったのでしょうね」
俺の前にソーサーに載ったカップをアベラールさんが置く。
「ミルクとお砂糖はいかがですか?」
「あ、お願いします」
突然の問いかけにわずかに戸惑ったけど、うなずく。アベラールさんはミルクと砂糖をワゴンの下の段から出す。
ミルクはたっぷり。砂糖は少し。好きな分量を入れて、カップを手に取った。
「セザール坊ちゃんは、ルメルシェ侯爵家の三男坊でございます。本来ならば、騎士として従事する必要などないお方です」
「……そうですね」
水面にふぅふぅと息を吹きかけつつ、俺は相槌を打つ。
アベラールさんは俺の態度を気に留めることはなく、軽く目を伏せる。
「ただ、すべてが嫌になったのだと思います」
「――どういうことですか?」
不穏な言葉が聞こえて、俺は顔を上げた。アベラールさんは肩をすくめている。
「あのお方はお兄さまと年が少々離れており、ご両親からもお兄さまからも過保護に育てられました。ご本人はそれが苦しかったのかと」
「だから、騎士団に入ったんですか?」
自然と問いかけていた。アベラールさんはこくんと首を縦に振る。
「ご本人なりの反抗だったのです。侯爵家を飛び出し、騎士団に入団されました。しばらくの間は侯爵家にお手紙を出すこともなく、寄り付くこともなかったのですが――」
アベラールさんの目が俺を見つめた。彼の目は優しそうに細められている。
「三年ほど前からでしょうか。度々侯爵家に連絡が来るようになったのです」
三年前というのは、俺とルーが関係をはじめたころだろう。間違いない。
「騎士団長という肩書きである以上、噂は常々耳に届きます。ですが、ご両親はセザール坊ちゃんからの直接の連絡に涙を流して喜ばれていて――!」
当時のことを思い出したのだろうか。アベラールさんが声に涙を含ませた。
俺はうまく反応することができない。だって、どの反応が正解なのかわからなかったから。
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