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 俺の言葉はルーにどう届いたのだろうか。  彼は一瞬だけ顔を緩めた。そして、俺に手を伸ばした。 「俺もユーグのこと、たくさん知りたいよ」  ルーの手が俺の茶色の髪の毛を梳いた。優しく、慈しむように。宝物でも触れるかのような手つきは、こそばゆくてたまらない。  自然と身をよじって、逃げようとする。でも、ルーの手は追いかけてくる。ずっと俺の髪の毛に触れ続けた。 「なんで逃げるんだよ」 「だって、こそばゆいし」  それに、なんだろう。  ルーが俺に触れてくれているって思うと、胸がむずむずとする。これが幸せっていうことなだろうか。 「別にルーに触られるのが嫌ってわけじゃないから、安心して」  ちょっと傷ついたような表情のルーに笑いかけると、ルーがほっと胸をなでおろしたのがわかった。本当、ルーって変なところで臆病だ。 「そっか。だったらいい。もしも俺に触れられるのが嫌なんて言われたら――立ち直れない」 「大げさだな」 「大げさじゃない。俺にはずっとユーグだけだ」  昨日からルーはおかしい。  遠慮なく愛をささやいてくるし、俺との触れ合いを躊躇しない。開き直ったみたいだ。 (セフレだったときは、いずれ別れるって思ってたからかな。でも、今の俺たちは恋人だ)  恋人っていうことは、二人でいる未来を思い描ける。セフレみたいに、周りに言えない関係でもない。  俺たちは愛し合う仲なんだって、胸を張って言えるんだ。 「あー、仕事行きたくないって思ったのはじめてかも」  心の底からのため息をついたルーが言葉をこぼした。ルーの指先は俺の髪の毛を絡めて遊んでいる。  ……そんなに名残惜しそうにされたら、俺だってしばらく離れるの辛くなるじゃんか。 「でも、帰ってきたらすぐ会えるじゃんか」 「ユーグは寂しくねぇの?」  不貞腐れたような表情に、俺は肩をすくめた。 「寂しくないわけじゃないよ。けど、今までみたいにいつ会えるかわからない――じゃないから」  今まで、ルーに来てもらわないと会えなかった。けど、これからはずっと会えるんだ。 「離れてばっかりだった頃に比べたら、ずっといいよ」  甘えたようにルーに身を寄せて、肩に額をこすりつける。ルーの手が俺の背中に回った。 「素直なユーグはめちゃくちゃ可愛いな」 「……素直じゃない俺は可愛くない?」 「そんなわけないだろ。どっちにも別の魅力がある」  ルーの手が俺の前髪を掻き上げる。そのまま落とされるキスに、ふにゃりと顔が緩むのがわかった。 「可愛い、可愛すぎておかしくなりそう」  俺の背中に回った腕に力がこもる。逃がさないって伝えてくるような力が愛おしくてたまらなくて――。 「――仲睦まじいのはいいことですが、セザール坊ちゃんはそろそろお仕事でしょうに」  後ろから聞こえてきた声に、俺はびくっと肩を跳ねさせた。  この声はアベラールさんのものだ。恐る恐る振り返ると、彼はカップを載せたトレーを持って立っている。表情は呆れているみたいだ。 「お茶を飲まれたら、きちんといかれるのですよ。行かないなど、駄々をこねないでくださいよ」 「わかってるって。お前は俺を何歳だと思ってるんだ」  アベラールさんはテーブルの上にルーの分のお茶を置いて、さっさと立ち去ってしまった。  素っ気ないというか……多分、気を遣われた。 「ユーグは今日なにをするんだ」  ルーがカップを口に運びつつ、問いかけてくる。俺は、そうだなぁ……。 「なにも考えてないよ。ただ、ここら付近のこととかお屋敷内のこととか知りたいな」  ここで生活するなら、必要最低限の知識は持つべきだ。 「あ、でも。絶対にやりたいことはある」 「やりたいこと?」 「ルーにおかえりって言いたい」  目をキラキラとさせて訴えると、ルーの表情が不思議そうなものになった。  ルーにはどうして俺が絶対に「おかえり」と言いたいのかわからないようだ。

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