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「俺、あんまりおかえりって言ったことがなくて」  一人暮らしだったこともあるし、兄さんが亡くなってからは言う相手がいなくなったというのもある。  使用人たちに言うわけにもいかなかったし。 「おかえりって言ったら、一人じゃないって実感できそうだから」  はにかんで伝えると、ルーが俺から視線を逸らした。  微かに朱に染まった頬が、彼が照れているということを伝えてくるみたいだ。 「じゃあ、好きなだけ言ってくれ。満足するまで付き合うから」 「満足って……おかえりは帰って来たとき限定の言葉なんだけど」  それに、これからはたくさん言い合えるのに。 「俺は欲張りなんだ。……ユーグは知ってるだろうが」 「――うん」  ルーはすごく欲張りで、欲しいと思ったものはすべて手に入れてしまうタイプだ。  その証拠に、俺もルーに心を掴まれてしまったわけだし。 「好きだ、ユーグ」  ごつごつとした指先が俺の唇をなぞる。触れ方はすごく優しい。心地よくて目を瞑ると、顎を掴まれた。  そして唇が重なった。すぐ近くから聞こえるルーの息遣いが、俺の心を満たしていく。  何度か唇を触れ合わせていると、ルーの腕が俺の腰に回る。そのままぐっと引き寄せられた。突然のことに驚いて、椅子の脚を蹴ってしまった。 「ルー」 「んっ、ここに乗れ」  促されるまま、ルーの膝の上に横向きに乗った。  ルーはたくましい腕で俺の身体を支えて、何度もキスをする。ちゅっと音を立てたかと思うと、唇を舌で舐められた。 「ぁ、るー」  彼の手が俺の腰を撫でてくる。するりと撫でられると、否応なしに昨夜のことを思い出してしまう。 「だめ……こんなの」 「なにがダメなんだ」  ルーの双眸に俺が映っている。  惚けた表情。瞳に欲を宿している。でも、ルーも俺と同じくらい欲情していて……。 「朝、だし。このあとルーは仕事だし――」 「そうだな」  ルーが俺の手を掴んで、指を絡める。ぎゅうっと逃がさないという意思を伝えてくるみたいに、強い力だ。 「ルーのことだし、絶対キスだけで終わらないし」 「そりゃそうだろ。ユーグが可愛いから」  でも、さすがに朝からは無理!  そもそも、昨日嫌というほどに貪ってきたのはどこの誰なんだろうか。 「朝からユーグの顔見て我慢するの無理」 「ひぇっ」  首筋に舌を這わせられると、自然と声が漏れた。  思いきり吸われて、軽く噛まれた。絶対痕になってるって。 「や、痕がつく」 「わざとつけてるに決まってるだろ」  決まってないってば!  ルーの手が俺の衣服の中に滑り込んだ。胸元をまさぐられて、身体がどんどん昂って――。 「ダメだって!」  結局俺は強引にルーの身体を引きはがした。  ルーの目が瞬く。きょとんとしている表情も似合うなんて、罪な奴だ。 「つ、続きは帰ってからにして。……待ってるから」  眉を下げて伝えると、ルーが「はぁあ」とため息みたいな息を吐いた。かなり大きい。 「それはズルいだろ。わかった。できるだけ早く帰ってくるから」  どうやら納得してくれたみたいで、胸をなでおろした。  俺が息を吐くと、俺の後ろでこほんと咳払いが聞こえる。びくりと身体が跳ねた。 「セザール坊ちゃん、終わりましたでしょうか」 「あぁ、待たせたな」  恐る恐る振り返ると、アベラールさんが俺のすぐ後ろに立っていた。ひぇっ、気配は感じなかったんだけど。 「朝から盛るのはおやめくださいませ。同棲が楽しくて仕方ないのかもですが」 「わかってるなら邪魔するな」 「お仕事はお仕事でしょう。セザール坊ちゃんをお仕事にお送りするのも役目ですので」  二人は淡々と会話をしているけど、俺は穴があったら入りたい。  じゃれ合いを人に見られるって、かなり恥ずかしい。もう無理だ。俺はしばらくアベラールさんの顔をまっすぐ見ることができない。 「ユーグさま、大丈夫でございますよ。会話は聞いておりませんので」 「見られただけで無理なんです!」  ルーの胸に顔を押し付けつつ、襲い来る羞恥心をねじ伏せようとする。  ……顔の熱は全然引かなかった。

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