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アルバイトに復帰する日。『ポエミ』に出勤すると、ナイムさんが笑顔で出迎えてくれた。
「大変だったね。少しでも疲れが取れていたらいいんだけど」
眉を下げたナイムさんに、俺は笑いかける。
疲れが取れてるかは微妙だ。あと、環境の変化に慣れるのに必死な休みだった。
「環境の変化に慣れるのに必死でしたが、それなりに充実していましたよ」
「だったらよかった」
ナイムさんが胸をなでおろす。俺も彼の様子を見てほっとした。
「……あんなことがあったんだし、もう少し休んでもよかったんだよ?」
「いえ、むしろ働いているほうが気が紛れるので」
一昨日。ナイムさんから休みを延長したほうがいいかという手紙をもらった。
でも、俺は働きたかった。屋敷に引きこもっていると、余計なことを考えてしまう。まだ動いているほうがましだ。
「そっか。――にしても、いい顔をしているね」
「え?」
「最近ずっと思いつめた顔をしていたのに」
ごまかすように頬をぽりぽりと掻いた。
……まぁ、ナイムさんのいうことも正解かも。
(ずっとルーとのことが頭の中にあったから)
一方的に関係を終わらせたくせに、俺には未練しかなかった。本当は苦しかったのだ。
けど、今は帰ったらルーがいて、人に言えない関係でもない。幸せだ。
(もちろん、長兄の後ろにいた人間のことはなんとかしないといけないけど)
かといって、俺にできることはない。専門職に任せたほうがいいに決まっている。素人が出しゃばったところで、邪魔になるだけだ。
「世間話はここまでにしようか。開店準備に移らなくちゃ」
「――そうですね」
ナイムさんはにやにやと笑って話題を変える。
気を遣ってくれたのはすぐにわかった。
(長期の休みもくれるし、こうやって気遣ってくれるし。……いい雇い主に恵まれて、幸せだな)
世間にはあまりよくない職場もあるという。ここで働ける俺は、間違いなく幸運だった。
「ユーグくん。騎士団への配達はどうする? 僕がしてもいいんだけど」
「いえ、大丈夫です。俺にやらせてください」
恩を少しでも返さなくちゃ。
それに、もう騎士団に行くのも怖くない。覚悟も必要ない。
「――俺、ナイムさんの役に立ちたいんです」
心からの言葉を口にすると、ナイムさんは一瞬だけ目を見開いて、ふわりと笑った。
「ありがとう。だけど、無理はダメだ。キミを大切にしてくれる人のためにも――ね」
含みのある言葉に、俺は笑った。
ナイムさんには俺の変化なんてお見通しらしい。
「無理はしませんよ。俺、もう一人じゃないんで」
兄さんがいなくなってからずっと一人だった俺だけど、もう一人じゃない。
ルーがいてくれる。結婚するかどうかはわからないものの、ルーの愛は心地いい。
「――出来たら桃色のバラを持って帰りたいんですけど、帰りに買ってもいいですか?」
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