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「そっか」
ルーの手に力がこもる。
「じゃあ、今度は遠出しよう。いい場所を知ってるんだ」
「……うん」
一緒に出掛けるなんて、本当に恋人みたいだ。
「ユーグが馬に乗れなくてよかった――って俺、今思ってるんだよ」
サリムのスピードが落ちていく。
屋敷の門の前にたどり着いて、ルーがサリムから降りる。
俺はルーの手を借りて降りた。ちょっとふらついた俺を、ルーが素早く支えてくれる。
「さっきの言葉、どういう意味?」
抗議の視線を送ると、ルーは嬉しそうに笑った。
「だってさ、一緒に乗る口実ができるわけだろ。別々に乗るより、密着度が高い」
当然のように俺の手を取る。手の甲を指で撫でて、軽く口づけてくる。
こう見ると、本当にルーって騎士だ。
……照れくさくて、プイっと顔を背けた。
「なんか最近すごく甘い」
「逃げられたら困るから」
今度は指が絡まる。ここはまだ門の前で、誰かに見られる可能性だってゼロじゃない。
だけど、なんでだろう。ほどく気にはならなかった。
「俺、今まで人を追いかけたことってないんだよ。追いかけるのは、常に上を行く兄たちの背中だけ」
「うわぁ、モテる人の言動だ」
嫌味にならないのは、ルーだからだ。
ほかの人が言ったら、間違いなく嫌味になる。
「兄たちの背中を追いかけるのも、十になるころにはやめたしな」
「そう、なんだ」
「あぁ。俺と兄たちは年が離れてるからさ。どう頑張っても勝てなかったし、兄たちは俺のことを可愛い末っ子としか見てないし」
一瞬だけ、ルーの瞳がさみしそうになった。
その視線は俺の胸を射抜く。愁いを帯びたルーの瞳は――色気をまとっていて心臓に悪い。
少なくとも俺の心臓はバクバクと大きく音を鳴らしていた。
「ほかの人間は追いかけなくても勝手に来るし。なにかを強く欲したことも、求めたこともない。……はじめてだった」
顔が熱い。なんで、こんなに。
「こんなに欲したのも、手放したくないって思ったのも。全部ユーグがはじめてだ。お前が俺を変えたんだよ」
「……っ」
真摯な眼差しに見つめられて、俺は息を呑んだ。
「あのときお前に助けてもらって、俺はすごく幸運だった」
もう無理。照れくさくてたまらない。こんな風に言われるの、慣れてないから。
「俺はユーグが好き。愛しているよ。――ユーグは?」
「……おまっ」
こんなところでいうことじゃない――!
あと、俺に返答を求めないでほしかった。こんな道端で愛を告げるなんて、俺にはできっこない。
「……いえるわけないだろ」
「ユーグ」
「こんなところで、言えないって」
うつむいた。
そのとき、思い出した。俺には一つの武器があるって。
ポケットから花弁がいくつか落ちた桃色のバラを取り出した。軽く手で整えて、ルーに差し出す。
「これ、あげる」
ルーにバラを押し付ける。何度か瞬きをして――ルーは笑った。
「ん、ありがと」
「……なんか、見たら欲しくなったんだ」
二人だけの合図。言葉にしない約束。
桃色のバラには俺たちの三年間が詰まっている気がした。
「ルーに、あげたくて」
声は震えていた。
「これが合図だったじゃんか。俺にとって、すごく大切な花だ」
「……そっか」
ルーがバラの茎を折る。そして、いくつかの葉を取って俺の髪の毛に挿した。
これは女性にすることじゃないのか。
「似合うな」
「お前、馬鹿にしてる?」
ジト目でルーを見つめる。
大人の男にバラが似合うわけがないじゃないか。
「馬鹿にしてるわけない。ユーグがこの花を特別だって思ってくれている以上に、俺にとっても特別なんだよ」
「んっ」
指先が頬に触れた。なんか、くすぐったい。
「――本当、可愛い」
かすめるだけのキスだった。
けど、今の俺にはそれだけで十分で。むしろ、これ以上与えられてしまったら愛情で溺死してしまう気がした。
「……おれも、すき」
小さくつぶやいた言葉は、ルーの耳に届いたのか、届いていないのか。
それは俺にも――わからない。
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