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それから十分ほど休憩させてもらい、俺は騎士団を後にすることにした。
「今から少し用事があるから、送れないんだ。ごめんね」
心底申し訳なさそうな表情で、デヴィットさんが両手を合わせる。
送るといっても、敷地の外までだ。この近距離で迷子になるような幼子じゃない。
「いえ、大丈夫です。では、ありがとうございました。次の配達のときに、またお邪魔します」
頭を下げて、建物を出ていく。
建物を出ると、空に分厚い雲がかかりつつあった。一雨来るかもしれない。さっさと戻ったほうがいいかもしれない。
(結局ルーには会えなかったな……)
内心がっかりしつつ、敷地の出口に向かっていると。前から見知った顔の人物が歩いてくる。
……咄嗟に、近くの木々に身を隠した。
そして、恐る恐る顔だけを出す。どうか見間違いであってくれ――と、願う。
けど、見間違いではなかった。そこにいたのはルーと、美しい顔立ちの男の人。
緑色の短髪に、鋭い紫色の瞳。きりっとした美人という言葉が似合いそうな人だ。背丈はルーとほとんど一緒。
これだけなら、俺の心は動かされなかったはずだ。
(なんであんなに距離が近いんだろ……)
二人の距離は近かった。それこそ、肩と肩が触れ合っている。
敷地の出入り口からやってきたということは、外に出ていたのだろうか。……あの距離で?
(いやいやいや、ルーは俺のこと好きって言ってくれるし……)
だから、違うはずだ。あの美人とルーは、特別な関係なんかじゃない。
――と、自分に言い訳をするのに。男の人がルーの腕に自分の腕を絡めたせいで、胸にどす黒い感情が渦巻いていく。
しかも、ルーはその人の腕を振り払わなかった。むしろ、嬉しそうにしている。
「セザールはいつもかっこいいね。俺、キミのこと好きだよ」
甘ったるい声が耳に届く。脳が思考停止したほうがいいと、訴える。
でも、好奇心は猫をも殺すというように。俺は二人を観察し続けてしまった。
「光栄だな。俺もお前をきれいだと思うよ」
俺には見せたことのない笑みだった。優しくて穏やかで――きれいな笑み。
(なんで、なんで)
無意識に唇を噛んだ。どうしてルーはあの男の人を拒まないんだろうか。俺だけだって言ったのは――嘘だったんだろうか。
(……俺らって、元々セフレだし。やっぱり、違うのかな)
木の枝を握る。目を逸らしたかった。逃げ出したかった。
それなのに、視線は惹きつけられたように二人を見てしまう。
「ねぇ、俺の恋人にしてあげよっか」
男の人がルーの顎に手をかけた。ぐっと顔を近づける。
ここからだと、角度的にキスをしたのかしていないのか、わからない。ただ、それはありがたかった。
(――もう、帰ろう)
もしも、キスをしている現場をしっかり見てしまったら。俺は、耐えられなかっただろう。
ルーのことが好きなのだ。俺は、大好きだ。そんな人がほかの人とキスをしている現場なんて見たら、立ち直れない。
(これからどういう風に顔を合わせたらいいんだろう)
最悪なことに、俺はルーの邸に居候している。普通に生活していても顔を合わせてしまうのだ。
(平常心を装わなくちゃ。不審に思われないように、通常通りにふるまわなくちゃ)
自分の頬を軽くたたく。気づくと、ルーと男の人はどこかに立ち去っていた。
今のうちに――と、俺は騎士団の敷地を早足で出ていく。
(聞いたら迷惑だ。俺は――面倒な人間になりたくないんだ)
それに、あの様子だと男の人は騎士団の関係者だろう。ルーの仕事をとてもよく理解しているはず。
……俺みたいな輩より、ずっといいじゃないか。
(それはわかってるよ。なのに、俺は認めたくない。――ルーと別れたくない)
俺の心は、引き返すこともできないくらいルーに惹かれていた。
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