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 すっかり日も落ち、そろそろ夕食時――というころ。  普段なら、ルーが帰ってきている時間だ。けど、まだ帰ってきたという連絡はない。  胸がざわめく。自分の不安をごまかすように、頬を軽くパンっとたたく。 (なにかあったのかな……仕事、忙しいとは言ってたけど)  最悪泊まりこみ。よくても深夜の帰宅――とルーは言っていた。  元々教えてもらっていたのだから、ここまで不安になる必要はない。ただ、今日の光景が瞼の裏に焼き付いて離れないから。  一刻も早く、ルーに真実を聞きたかった。 (深夜には帰ってくる? いきなり泊まり込みっていうことはないよな……?)  でも、アベラールさんが持って行った鞄は大きかった。もしかして、泊まり込むための荷物だったんじゃあ……。  一度悪い方向に考えると、ドツボに嵌っていく。思考がぐるぐるとする。俺の意識を引き戻したのは、ノックの音だった。 「ユーグさま。ご体調はいかがでございますか?」  アベラールさんの声だ。 「だ、大丈夫です」  ちょっと上ずった声で返事をすると、一拍おいて扉が開く。  顔をのぞかせたのは予想通りアベラールさん。彼は俺の様子を見て、申し訳なさそうな表情を浮かべた。 「お医者さまは必要でしょうか? 顔色が悪うございます」  今の俺の顔色は、そんなに悪いんだろうか。彼が指摘するっていうことは、相当だろう。 「疲れがたまっているだけですから、心配しないでください」  胸の前で手を横に振る。アベラールさんは納得していないみたいだけど、これ以上言っても無駄と思ったのかうなずいてくれた。 「本当に遠慮なく申し付けてくださいませ。セザール坊ちゃんも心配されますから」  さりげなく彼が出した名前に、胸がチクリと痛む。今、一番聞きたくなかった名前かもしれない。 「……その、ルーはまだ帰ってきてないんですか?」  話題をぶった切って、問いかけた。あの話題は、続けたくなかったからだ。 「はい。しばらく遅くなるということでございます。お聞きになっておられませんでしたか?」 「聞いてます。ちょっと……話が、したくて。もしかしたら……って」  声がどんどん弱々しくなっていく。これじゃあ、余計な心配をかけてしまうというのに。  あぁ、なんで俺はこんなに心が弱いんだろう。 「さようでございますか。ですが、帰宅はおそらく深夜でございます。無理に起きて待つ必要はございませんよ」  俺だって、こんなに不安じゃなかったら、言葉に従っただろう。下手に起きて待つと、ルーに心配をかけてしまうから――って。 「ユーグさま。事件が発生すると、騎士は寝る間も惜しんで解決に奔走します。……セザール坊ちゃんは、そのトップなのです」  言われなくてもわかってる。  だけど、今の俺が反論したって、強がっているだけと思われそうだ。 「どうかセザール坊ちゃんを信じてくださいませんか? あの人は悪い人ではないのです」 「……わ、かってますよ」  ルーが悪い人じゃないことくらい、知ってる。だって、三年も一緒にいたんだから。  お世辞にもいい人とはいえないけど、悪い人でもない。ぶっきらぼうだし、口は悪いし、だらしないし。  それでもこんな俺を好きだって言ってくれる。愛してくれる。 「とにもかくにも、顔色が大層悪うございます。本日は食事をこちらに運びますので、ゆっくりなさってください」  強めの口調で言われると、うなずくことしかできない。  静かに首を縦に振って、俺はアベラールさんの言葉に従うことにした。  窓から見える空は俺の心と同じくらい、どんよりとしていた。

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