53 / 54

4-19

 目が覚めたのは本当に偶然だった。隣室の扉が開いた音がしたからだ。  まだ眠い目をこすりつつ、起き上がる。多分、ルーが帰ってきた。 (手短にだったら、話を聞いてくれる……はず)  起きたばかりでおぼつかない足取りで、扉に向かった。  扉に手をかけたとき、隣室をノックする音が聞こえた。咄嗟に手を引っ込めてしまう。 「セザール坊ちゃん。少々よろしいでしょうか?」  アベラールさんの声だ。息をひそめて、聞き耳を立てる。  これが褒められたことじゃないっていうのはわかってる。ただ、二人の会話の内容が気になった。 「どうした、アベラール」  ルーの声が聞こえた。声からは疲れがひしひしと伝わってくる。  そりゃそうだ。こんな時間まで働いていたのだろうから。 「いえ、ユーグさまのことなのですが……」  俺の名前が出てきて、肩が跳ねる。まさか、俺の名前が出てくるなんて予想していなかったし。 「……アベラール。悪いんだが、しばらくユーグのことを任せていいか」  次に聞こえた言葉に、俺は硬直した。同時に、心も冷えていく。 「それは問題ありません。ですが、セザール坊ちゃん」 「お前がなにを言いたいのかはわかっている。ただ、仕方がないんだよ」  仕方がない? 俺と会わないことが? 「ユーグは騎士の仕事を詳しくは知らない。いわば、一般人だ。俺の事情に巻き込むわけにはいかない」  息を呑む。  わかってたはずなのに、ルーの口から発せられたと思うと、ダメージが大きい。  俺とルーの間には、分厚い壁があると突き付けられたみたいだった。 「たびたび向こうに泊まり込むことになりそうだ。その間、ユーグを任せる」 「……かしこまりました」  アベラールさんもこれ以上はなにも言えなかったみたいだ。扉が閉まり、足音が遠のいていく。  俺は扉に背中を預けて、ずるずるとへたり込んだ。 (俺はなにも知らない。だけど、あの人は知ってるのかな)  ルーと親し気に話していた美しい人。当然のように騎士団の敷地にいたということは、関係者で間違いないはず。  俺は知ることが許されない事情を、あの人は知ることができる。許されている。 (デヴィットさんが言っていたことって、こういうことなんだな……)  乾いた笑いがこぼれた。  隠し事をされるのは、想像するよりずっとつらい。  彼の言葉が、今、身に染みてわかった。 「俺はルーの力になりたい。……けど、俺が勝手に動くとルーに迷惑がかかる」  あくまでも、俺は一般人。騎士の事情に首を突っ込むのは、死にに行くようなものだ。 「俺にできることは、ここで大人しくルーの帰りを待つこと。……そして、帰ってきたら笑顔で出迎えること」  それが俺の役目で、望まれていることだ。  知ってる。理解している。わかっているのに――なんで、こんなに胸がもやもやするのだろうか。 (俺が強かったら、なにか変わった? 兄さんくらい、賢かったらなにかできたの?)  優れた能力のない、平々凡々の男。有能なルーの隣に立つには、不相応すぎる人間。  もしかしたら、俺はルーにとって足手まといなのかもしれない。  頭に浮かんだ考えを、否定することはできなかった。否定できる要素がなかったから。 (ルーがいないと、俺はもうダメなのにな)  もっと素直にあいつと向き合っていたら――なにかが、変わったんだろうか。  なんて、後悔してもどうすることもできない。俺は、一人で膝を抱えることしかできなかった。

ともだちにシェアしよう!