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目が覚めたのは本当に偶然だった。隣室の扉が開いた音がしたからだ。
まだ眠い目をこすりつつ、起き上がる。多分、ルーが帰ってきた。
(手短にだったら、話を聞いてくれる……はず)
起きたばかりでおぼつかない足取りで、扉に向かった。
扉に手をかけたとき、隣室をノックする音が聞こえた。咄嗟に手を引っ込めてしまう。
「セザール坊ちゃん。少々よろしいでしょうか?」
アベラールさんの声だ。息をひそめて、聞き耳を立てる。
これが褒められたことじゃないっていうのはわかってる。ただ、二人の会話の内容が気になった。
「どうした、アベラール」
ルーの声が聞こえた。声からは疲れがひしひしと伝わってくる。
そりゃそうだ。こんな時間まで働いていたのだろうから。
「いえ、ユーグさまのことなのですが……」
俺の名前が出てきて、肩が跳ねる。まさか、俺の名前が出てくるなんて予想していなかったし。
「……アベラール。悪いんだが、しばらくユーグのことを任せていいか」
次に聞こえた言葉に、俺は硬直した。同時に、心も冷えていく。
「それは問題ありません。ですが、セザール坊ちゃん」
「お前がなにを言いたいのかはわかっている。ただ、仕方がないんだよ」
仕方がない? 俺と会わないことが?
「ユーグは騎士の仕事を詳しくは知らない。いわば、一般人だ。俺の事情に巻き込むわけにはいかない」
息を呑む。
わかってたはずなのに、ルーの口から発せられたと思うと、ダメージが大きい。
俺とルーの間には、分厚い壁があると突き付けられたみたいだった。
「たびたび向こうに泊まり込むことになりそうだ。その間、ユーグを任せる」
「……かしこまりました」
アベラールさんもこれ以上はなにも言えなかったみたいだ。扉が閉まり、足音が遠のいていく。
俺は扉に背中を預けて、ずるずるとへたり込んだ。
(俺はなにも知らない。だけど、あの人は知ってるのかな)
ルーと親し気に話していた美しい人。当然のように騎士団の敷地にいたということは、関係者で間違いないはず。
俺は知ることが許されない事情を、あの人は知ることができる。許されている。
(デヴィットさんが言っていたことって、こういうことなんだな……)
乾いた笑いがこぼれた。
隠し事をされるのは、想像するよりずっとつらい。
彼の言葉が、今、身に染みてわかった。
「俺はルーの力になりたい。……けど、俺が勝手に動くとルーに迷惑がかかる」
あくまでも、俺は一般人。騎士の事情に首を突っ込むのは、死にに行くようなものだ。
「俺にできることは、ここで大人しくルーの帰りを待つこと。……そして、帰ってきたら笑顔で出迎えること」
それが俺の役目で、望まれていることだ。
知ってる。理解している。わかっているのに――なんで、こんなに胸がもやもやするのだろうか。
(俺が強かったら、なにか変わった? 兄さんくらい、賢かったらなにかできたの?)
優れた能力のない、平々凡々の男。有能なルーの隣に立つには、不相応すぎる人間。
もしかしたら、俺はルーにとって足手まといなのかもしれない。
頭に浮かんだ考えを、否定することはできなかった。否定できる要素がなかったから。
(ルーがいないと、俺はもうダメなのにな)
もっと素直にあいつと向き合っていたら――なにかが、変わったんだろうか。
なんて、後悔してもどうすることもできない。俺は、一人で膝を抱えることしかできなかった。
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