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あれから数日が経って。俺はいつも通りに仕事をして、いつも通り過ごしていた。
あのあと、アベラールさんからルーが忙しくなると告げられた。笑って返事をしたけど、心は嵐みたいな状態だった。
……俺、ルーから直接聞きたかったんだろうな。たぶん。
「ユーグさま、ご体調でも悪うございますか?」
アベラールさんが俺の顔を覗き込んでくる。そうだ。今は昼食の最中だった。
慌てて愛想笑いを浮かべる。
「ちょっと寝不足なだけです」
「さようでございますか。でしたら、午後からはゆっくりなさってくださいね」
俺の言葉に納得したようなことをいうアベラールさんだけど、実際は納得なんてしていないはずだ。
彼の瞳の奥に見える感情には、疑いがこもっている。嘘だって、ばれてるんだ。
「せっかくの休日なのに、このままだと眠って過ごしそうです」
冗談めかしたのに、部屋の空気が重くなる。
いや、本当に空気が重いんだろうか? 俺の思い込みじゃないのだろうか?
今の俺、なにもかもをネガティブに捉えちゃうし……。
「すみません。やっぱり眠いので部屋に戻りますね。……申し訳ないんですけど、残します」
料理人には悪いけど、無理に詰め込むのもよくない。
俺は席を立って、部屋に戻るために扉に近づいた。扉に手をかけたとき、向こうから扉が開いた。
「も、申し訳ございません、ユーグさま……!」
「いや、気にしないでください」
入ってきた従者が、ぺこぺこと頭を下げてくる。彼は数日前に入ってきた新しい人だ。なんでも、俺の世話係として雇ったらしい。
「このあと、ずっと部屋にいる予定なので」
「かしこまりました」
俺の世話役なので、一応報告はしておく。
彼は深々と一礼をして、アベラールさんのほうに向かった。
(俺のために従者も雇ってくれて、豪勢な料理も用意してくれて。……最高のはずなのにな)
なのに、ルーがいないだけで嬉しさは半減以下だ。
違うか。いないからじゃない。ルーが俺を避けるみたいな行動をとるから、こんなにも苦しいんだ。
(俺に愛想が尽きたかな。同棲したら合わなくて、別れるカップルって一定数いるらしいし)
俺とルーはカップルではないけどさ。同棲みたいな状態であることは間違いない。
「こんなことになるなら、あのままの関係でいたらよかったな。……俺が先を望んだのが、ダメだったんだ」
後悔先に立たずというのは、こういうことなのだろう。
また前みたいに、ルーと普通に話したいって。過ぎた願いを心でつぶやく。
「――本当、俺って強欲だ」
自分のいやな部分がたくさん見えてくる。繰り返す自己嫌悪を振り払うために、頭を横に振った。
廊下の窓から見える外は、曇っていた。一雨来るのだろうか。
「とにかく、気持ちを切り替えよう。次にルーと会ったとき、笑えるように――」
普段通り振る舞えるように。
俺は自分のネガティブ思考を振り払おうとした。……完全には無理だったけど、ある程度は消えたはず。
「俺は俺にできることをする。それだけだ」
全部諦めたはずだったのに、ルーのことになると貪欲になる。
この気持ちの理由から、俺はそっと目を逸らした。これ以上傷つきたくなかったから。
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