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1-9【※】

「や、めろ……」  その欲求をねじ伏せて、俺は必死に拒絶の声を上げた。  が、その声には覇気がない。勢いもなくて、弱々しいものだった。 「そっか。……だけど、本当は気持ちいいんでしょ?」  亜玲がそう言って、胸のとがりをこねるように弄ってくる。  そうだ。気持ちいい。気持ちよくて、たまらないんだ。  でも、それを口にするのは負けたような気がして。必死に首を横に振る。  気持ちよくない。気持ちよくなんて――ない。自分自身にそう言い聞かせていれば、亜玲が笑ったのがわかった。 「――嘘つき」  俺の耳元で、亜玲がそう囁く。  瞬間、ぞくっとしたなにかが身体中を駆け巡る。背中がのけ反って、声だけで反応してしまう。 「祈、感じてるんだよね。……ほら、ここなんて」  亜玲の手が、俺の身体を伝って下肢に伸びる。  そこは少し膨らんでおり、俺が感じていたのが亜玲にバレてしまう。  ……いたたまれなくて、ぎゅっと目を瞑った。 「気持ちいいんだね。……ところで、どう?」 「……な、にが」 「大嫌いな男に、こんな風に感じさせられちゃう気持ちだよ」  そんなもの、最悪に決まっている。  そう言いたかったのに、亜玲が俺の唇をキスでふさぐから。なにも、言えなかった。  角度を変えて何度も何度も口づけられる。  それはまるで、愛おしいものにするかのような口づけだった。その所為で、俺の頭が混乱する。 (亜玲は、俺のことが嫌いなんだろ……?)  じゃあ、どうしてこんなにも優しい口づけをしてくるんだろうか。  意味が分からなくて、俺は目をぱちぱちと瞬かせていた。  けれど、そう思う俺を他所に、亜玲が俺の首につけられたチョーカーに触れた。  ツーッと指でなぞって、奴は嬉しそうな笑みを浮かべる。 「どうせだし、次のヒートのときに俺の番にしてあげよっか」  一瞬、告げられた言葉の意味がわからなかった。  ……番? 俺が、亜玲の? 「……冗談、きつい」  強く睨みつけて、俺は亜玲のことを拒絶する。先ほどまでのことは、まだよかった。  身体をつなげたところで、一回きりで済むだろうから。しかし、番は違う。全然違う。 「お前の番なんて、死んでもごめんだよ……!」  強く亜玲を睨みつけて、そう言うことしか出来なかった。  俺はオメガだ。だから、アルファの亜玲は俺のことを番にすることも可能。  でも、それで苦しむのは俺だけなんだ。  アルファの亜玲は、いつだって俺のことを捨てられる。 「そっか。……残念」  亜玲が笑って、チョーカーから手を離す。それに、ほっと胸をなでおろした。 「……お前、本当に最低だな」  そんな言葉が口から零れ出る。  遊びで俺を抱こうとするばかりか、番にするなんて質の悪い冗談まで言って。 (亜玲は最低だ。俺の恋人を寝取って、いつもいつも俺を見下して……)  ぎゅっと唇を結ぶ。  そこまでわかっているのに、憎しみを抱けないのは……間違いなく、俺の頭の中に昔の亜玲が残っているからだ。  もしかしたら、あの天使のような亜玲に、戻ってくれるかもなんて淡い期待を持っている。それを、捨てきれていない。 「……祈のほうが、ずっと最低だ」  ぽつりとそんな言葉が返ってきた。  驚いて俺がそちらに視線を向ければ、亜玲はぼんやりとした表情を浮かべている。 「大体、俺をこんな最低野郎にしたのは祈だ」 「……は?」  こいつは一体、なにを言っているんだ。 「俺がこんな風になったのも、全部祈の所為なんだ。……だから、責任を取ってもらわなくちゃならないんだ」  熱に浮かされたかのように、ぼうっとしながら亜玲がそう呟いた。  ……意味が、わからない。どうして俺が――。  そう思っていれば、亜玲が俺の上から退いた。その後、軽々と俺のことを横抱きにする。  亜玲の足が向かう先は、室内。そのまま近くの扉を開けて、器用にも電気をつけた。  室内にはシンプルなベッドがあった。  つまり、ここは寝室だ。それを、悟る。

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