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 その後、亜玲はきれいにラッピングされた包みが入った紙袋を俺に持たせた。  ……別にいいって言ってるのに。 「なぁ、亜玲……」 「あ、突き返すのはなしね。あと、お金払うとか言うのも、なし」  亜玲が笑って、俺の言葉の先を封じてくる。……なにも言えなかった。  長年の付き合いだからわかる。亜玲はこうなったら自分を曲げない。  相手が折れるまで、自分を突き通す。頑固というべきなのか、意地っ張りというべきなのか……。 「……わかったよ」  もう、諦めるしかなかった。  それに、今日が終われば亜玲と関わるつもりはない。  つまり、最初で最後のプレゼント。昨日のお詫び。  そう思えば、受け取れるような気もしたのだ。 「ったく、亜玲はなにも変わってない……」  ぽつりとそう呟けば、亜玲は俺に視線を向けた。  その目の奥に宿っているのは、なんともいえない感情のようだった。 「祈には、そう見えるの?」  きょとんとした亜玲が、そう問いかけてきた。  俺にはその言葉の意味がわからない。 「俺は、変わったよ。……昔の俺じゃない」  何処か寂しそうに、亜玲がそう呟く。  ……確かに、昔の亜玲と全く一緒じゃないことは理解している。  あの天使のようだった亜玲の面影なんてない。悪魔のような男に成長したと思う。  ……いや、思っていた。 「違うよ。……今日わかった。亜玲は、なにも変わっていない」  表面上は、面影なんて消えているように見える。  けれど、亜玲の内面はそのままなのだ。なにも、変わっていない。  変わったように見えるのは、俺の所為なんだ。 「なぁ、亜玲」 「……うん」 「お前、幸せになれよ」  端的にそう告げて、俺は歩き出す。  亜玲が慌てて俺の手首を掴んだのがわかって、驚いて亜玲を見つめた。 「なんで、他人事なの」  亜玲が小さな声で訪ねてきた。……なんで他人事かって問われても。 「だって、他人事だからだよ。俺と亜玲は他人。……っていうか、ただの昔馴染みだ」  だから、もう関わることなんてない。道を交えることもない。  それに、俺は亜玲を恨むことをやめた。なんていうか、毒気を抜かれたというか……。 「俺、もう亜玲のこと憎まないし恨まない。……というわけで、もう、俺に関わらないでくれ」  それが唯一の条件だ。これ以上、俺は亜玲のことを嫌いにはなりたくない。 「あとさ、亜玲にもきっといい人が現れるよ。……だから、もう俺ら、互いを忘れよう」  昨日のことは一夜の過ち。寝取ったとか、寝取られたとか。そういうことも全部水に流す。  それが、多分俺が亜玲に出来る唯一のことなんだ。 (こいつは、怖いんだ。臆病なままだったんだ)  怖がりで、臆病で。  そんな亜玲のままだった。それに気が付かないまま、俺はただひたすら亜玲を恨んだ。  確かに亜玲のやっていたことは最低野郎のすることだ。けれど、もうしないような気がした。 「な、昨日のことも忘れて、俺らは――」 「――忘れるわけがない」  俺の言葉を遮って、亜玲がそう言う。  まっすぐに俺を見つめた亜玲の目が、恐ろしいほどに昏い色を宿していた。 「祈は俺のだ。俺のなんだっ……!」  亜玲が手に力をこめる。俺の手首に痛みが走る。  さらには周囲の視線が痛い。痴話喧嘩をしていると思われている……の、かも。 「俺に関わるななんて言うんだったら、祈のことを閉じ込める。……俺以外、見えないようにする」  ……こいつは一体なにを言っているんだろうか。犯罪の予告でもしているのか。 「いっそ、殺してもいい。二人で心中するのもありだよ」 「……なに、言って」 「もしもそれが嫌なんだったら、俺は祈の前で死んでやる。むごい方法で、死んでやる。祈の頭の中に焼き付けるような景色を見せてやる」  亜玲の様子がおかしいことに気が付いた。俺は亜玲の手を振り払おうとする。……力が強すぎて、無理だった。  喉が鳴った。……何処かで、俺は亜玲の地雷を踏んだんだ。今更、それに気が付いた。
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