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 フードコートにつくと、俺は空いている席に亜玲を腰掛けさせた。  その後、俺は近くのファストフード店で二人分のコーヒーを買ってきた。 「ほら、亜玲」  亜玲の前に座って、亜玲にコーヒーの入ったカップを手渡す。亜玲は素直に受け取ってくれた。  ただ、亜玲はじっとうつむいている。なにも言わずにコーヒーのカップを握りしめた。ぎゅっと強い力で。 「なぁ、一つ聞いてもいいか?」  ミルクと砂糖が入ったコーヒーを口に運んで、飲んだ。亜玲が俺の言葉にこくんと首を縦に振る。 「俺、亜玲の地雷とか踏んだ? その、だったら、ごめん」  小さな小さな、今にも消え入りそうなほどの声量で謝罪をする。  亜玲は首を横に振る。うつむいているせいで、彼の表情はまったく見えない。 「理由もわからないのに、謝られても迷惑なだけだ」  しばらくして、亜玲が吐き捨てる。やっぱり、そうか。  俺もうつむいて、カップを握った。 「祈はさ」 「あぁ」 「俺のこと、嫌いなんでしょ?」  直球の問いかけに俺は黙り込んだ。  亜玲はなにも答えられない俺を見て口元を歪める。 「嫌いで大嫌いで、憎んでる。――違う?」  なにも返答ができなかった。  嫌いなのは認める。大嫌いに片脚を突っ込んでいるのも認める。  かといって、憎んでいるのかと問われると――上手く言葉にできないのだ。 「俺は亜玲のことが嫌いだよ。それは認める。大嫌いに片脚を突っ込んでいることも、正しい」  亜玲に視線を向けると、ぎゅっと唇を結んだのが見えた。 「でも、憎んでるのかって言われたら、わからない」 「お人好し」  俺に向かって投げつけられた言葉は、なんだか毒気が抜けるような声だった。俺は口元を緩める。 「祈は誰にだって優しい。俺以外にも、優しいんだ」 「――亜玲?」  確かに俺はお人好しだ。けど、優しいのかはわからない。 (それに、俺が亜玲を憎めないのは、昔の天使みたいな亜玲が頭の中に残ってるからだし)  誰にでも優しいわけじゃない。口を開こうとして、なにも言えなくなる。亜玲が俺のことをまっすぐに見つめていたから。  その目に仄暗い感情が宿っていることに気が付いた。自然と喉が鳴る。 「俺は祈に酷いことをいっぱいしたよね」 「……そうだな」 「俺、祈が付き合ったやつを特別扱いして、その気にしてたんだ。理由、わかる?」  首を横に振る。亜玲は俺のことが嫌いではないと言った。ならば、理由なんて――。 「本当に鈍感。俺、祈のことが大好きなの。昨日も言ったよね?」 「……あぁ」  昨日確かに「好き」とか言われたような気もする。記憶は曖昧で、確証なんてないけど。 「だからね、俺は祈の恋人が憎たらしかった。嫌いで大嫌いで、一人残らず殺してやりたいって思った」  つむがれる言葉は物騒なこと極まりない。裏腹に声はとても寂しそうでなにも口を挟めない。  少し冷めたコーヒーを口に運び、喉を潤す。亜玲もコーヒーを飲んでいた。 「祈の心を奪うあいつらが許せなかった。祈は、俺のなのに」  まただ。亜玲は俺のことを自分の所有物かなにかだと思っている。誰も亜玲のものになることを了承した覚えはないし、俺はものじゃない。 「亜玲、俺はものじゃない。それに、亜玲の所有物になった覚えはない」  突き放すような言葉だ。が、ここで優しくするのは逆効果になる。 「俺と亜玲は幼馴染だ。それ以上でもそれ以下でもない。それに、亜玲の側には俺以外にもたくさんの人がいるだろ」  そうだ。亜玲はずっと人気者だった。優しくて人当たりが良くて、優秀で。  誰もが亜玲に恋をする。アルファとしての魅力だけじゃない。亜玲には――人を惹きつける強い力があるんだ。 「だから、俺に執着するな」  ――迷惑だ。  続けようとした言葉は口から出ない。  亜玲の目が宿すのは仄暗い色じゃなく、真っ暗闇だったから。
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