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「――祈には、そう見えているんだね」  昏い感情を宿した目のまま亜玲が俺を見つめた。亜玲はコーヒーを一口飲んで笑う。  きれいな笑みだった。けど、どこかがおかしい。  多分、これは俺と亜玲の付き合いが長いからこそわかることだ。 「俺はずっと一人だよ。独りぼっちだ」  淡々と事実だけを述べているようだった。俺は黙って亜玲の言葉を聞くことしかできない。 「俺の側には祈しかいないんだ。ずっと、昔からそうだった」  口元をふっと緩めて、亜玲が俺を凝視している。  背筋がゾクリと震えた。誤魔化すように目を伏せると、亜玲がテーブルの上にあった俺の手を握る。包み込まれるようにぎゅうっと握って、爪を撫でた。 「けど、お前。いつだって人に囲まれて」 「そりゃそうだよ。俺はみんなが理想とする人間を演じていたから。お人好しで優しくて、物腰柔らか。そんなアルファの男を俺は演じていた」  ……そんなの、初耳だ。 「俺の本性は嫉妬深くて、独占欲が強い。破滅願望を持つ男だ」 「それは」 「そして、この独占欲は今も昔も、ずっと祈に向いている」  亜玲の手が俺の頬に触れた。じぃっと目を見つめられる。吸い込まれてしまいそうな目から俺は視線を逸らせない。喉が鳴る。 「祈がいないのなら、この世に価値なんてない。生きている意味もない。そして、ほかの人間が祈に触れるなんて許せない」 「……じゃあ」 「そうだよ。俺が祈の恋人を奪っていたのは、俺の祈に触れさせないため。俺の憎しみの対象は祈じゃない。――祈に想いを寄せられる人間だ」  亜玲がはっきりと口にした言葉に、俺はうまい反応ができない。  喉が震えている。亜玲は俺が嫌いなわけじゃなかった。憎んでなんていなかった。 「じゃあ、言ってくれたら……」  そうだ。素直に伝えてくれたら、俺だって亜玲に対する態度を改めただろう。  回りくどいことをしなくても、普通に伝えてくれたら――。 「そんなこと、できるわけがない。俺にとって祈は唯一の人間だから。俺を救ってくれた人間だから」  でも、続けられた言葉の意味はわからない。俺には亜玲を救った覚えなんてない。 「俺にとって祈は唯一無二。気持ちを告げて拒絶されたら――って思ったら、気持ちなんて伝えられなかった」  亜玲が目を伏せる。俺はきっと、亜玲に素直に気持ちを伝えてもらったら、拒絶なんてしなかっただろうに。  今拒絶しているのは、俺の中で亜玲が嫌いな相手になってしまったから。嫌いな相手と認定するまでの亜玲だったら――。 「祈の恋人を奪い続けていたら、いつか祈は俺を見てくれる。……そう、思ってたのに」  亜玲の声が震えている。悲しみを孕んだような声に、俺はなにも返せなかった。  本当は「ふざけるな!」って言いたかった。  俺の幸せを壊して、気持ちを壊して。亜玲は自分勝手だ。  自分のことしか考えていない。俺の幸せも、俺の気持ちも。なに一つとして考えていないくせに――!  と、喉元まで出かかった言葉を呑み込む。今の亜玲にこんなことを言えるわけがなかった。 「……なぁ、亜玲。一つ聞かせてくれ」  一度深呼吸をして、亜玲を見つめた。亜玲が首を縦に振る。 「お前は、なにがそんなに苦しいんだ?」  亜玲の態度や言葉はまるで俺に縋っているかのようだ。俺の手を握る手が震えているのも間違いない。  こいつはなにかに怯えていて、苦しんでいるんだ。 「――祈」 「俺はお前が嫌いだよ。でも、苦しんでいる幼馴染を見捨てたりはできない」  首を横に振った。亜玲はぼうっと俺のことを見つめている。  まるで彫刻のように美しい亜玲の顔。わずかに愁いを帯びた表情は艶やかで、俺の心臓が大きく音を鳴らした。

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