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(やっ、なんで――!)  あのときのことを思い出して、身体が熱くなった。  腹の底からじんわりと熱が湧き出てくる。自然と身体が震えた。 「だめ、ぁ、やめ……!」  亜玲の手が臀部を撫でるように刺激して、時折孔をくすぐった。  身体から力が抜けてしまいそうで、咄嗟に亜玲の上着をつかむ。 「感じてるの?」  耳元で亜玲の声がする。  強がりたいのに、強がったらもっとひどい目に遭いそうだった。  俺はこくこくと首を縦に振って肯定する。 「素直だね、可愛い」 「――ひゃっ」  耳朶を甘噛みされた。  背筋にゾクゾクしたものが走って、甘さを孕んだ声が漏れた。  目尻からは涙がこぼれる。この涙は、一体どういう感情からなんだろう。 「う、ぁ、だめだって……!」 「しーっ。人が来るよ」  亜玲が俺の後頭部をつかんで、自身の肩に押し付けた。  確かに、人の声がする。近づいてきている。  必死に声を殺した。亜玲の指は相変わらず後孔の辺りに触れている。 「ぅ、ぁ」  気付かれたくなくて、亜玲の肩にさらに口元を押し付けた。  息を吸うと、亜玲のにおいを感じる。頭の中が真っ白になっていくみたい――。 「そう、いい子」  後頭部に触れていた亜玲の手が、俺の髪の毛を撫でた。  一体どれだけの間こうしていたのか。突然亜玲が俺の肩をつかんで、後ろの壁に身体を押し付けた。 「んんっ」  背中の痛みより、唇が重なったほうが重要だった。  亜玲が俺にキスをしている。俺の背中を壁に押し付け、強引に口づける。 「祈は可愛い。もっと触れてあげる」  頭がぼんやりするのは酸欠だろうか? それとも、亜玲のにおいのせい? (亜玲は俺をキスで殺すのか――?)  苦しい。息ができない。それなのに――心地いい。 (なんでこんな……気持ちいいんだ)  亜玲のことなんて嫌いで仕方がなかった。  身体を重ねたから許すなんて、ちょろすぎるってわかってるのに――。 「――祈、舌出して」  亜玲の切ない声で呼ばれると、拒めない。  唇を開いて、舌を出す。亜玲が俺の舌に自身の舌を絡めた。  口元から水音がする。 「可愛いね。すっごく可愛い」  わずかに顔が離れて、亜玲は俺を「可愛い」という。そのまま、また唇を重ねる。 (ダメだって……城川にも、言われただろ)  城川のことを思い出すと、一瞬で頭が冷静になった。  亜玲は俺を好きだと言うけど、俺は亜玲のことが――。 「祈?」  亜玲の肩をつかんで、引きはがした。  驚いた表情の亜玲が俺を見つめている。 「やめろ。……こんなの、変だって」 「は?」 「お前が俺を好きでも、俺はお前が好きじゃない」  意識がもうろうとする。亜玲の顔が歪んだ。 「ちょ、祈」 「触るなって!」  さっきまでキスに酔っていたのはどこのだれだよ。頭の中で、誰かがささやいた。  そのとき、脚から力が抜けた。 「祈――!」  咄嗟に亜玲が俺の身体を受け留めたのがわかる。  目を開けて、亜玲を見つめた。苦しそうな顔をしている。  そして、身体の奥底から沸き立つ――性衝動。 (あ、これヤバいやつ――)  俺はオメガで、目の前の亜玲はアルファで。しかも、多分今俺――ヒートに入ってしまっている。 (抑制剤どこにやったっけな……)  まだ来ないって油断してたから、今日は持ってないかも。 「祈!」  亜玲が俺のことを呼ぶ。絶対に亜玲は俺から離れたほうがいい。 「どっか、いけって……」  力が入らないなりに、身をよじった。亜玲の腕の中から逃れようとしたのに、亜玲が俺を解放しない。 「たのむ、から」  俺は一人で大丈夫だから。だから、そんな――。 (泣きそうな顔、するな)  そう思った瞬間、俺は意識を失った。

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