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瞼を開けると、真っ白な天井が一番に見えた。
(……俺)
鈍く痛む頭を押さえて起き上がる。
どうやら俺はベッドに寝かされているらしい。カーテンで区切られた空間からして、ここはキャンパス内の保健室だろう。
(そっか。俺、倒れたんだっけ)
確かヒートを起こして、倒れた。
けど、身体は正常だ。抑制剤を持っていなかったはずなので、誰かからもらったのか。
一人ぶつぶつとつぶやいていると、カーテンが開いた。そこには白衣に身を包んだ三十代後半の女性が立っている。
「キミ、キャンパス内で倒れたの。覚えてる?」
彼女はベッドの脇にある簡易椅子に腰かけた。
「倒れたこと自体は覚えています」
「そう」
手元のクリップボードに視線を落とし、彼女は慣れた手つきでなにかを書き込んでいく。
「キミは時本 祈って名前で合ってる?」
「はい」
「それにしても、ヒートを起こすなんて不用心ね」
……それに関しては、反論できない。
「ラッキーだったのは、一緒にいた子が素早く処置してくれたことね。……あの子は、アルファみたいだったけど」
多分、処置したのは亜玲だ。むしろ、亜玲以外考えられない。
「アルファはね、ヒート状態のオメガを前にすると理性が働かなくなることもあるの。習わなかった?」
女性の視線が鋭くなる。絶対俺を責めている。……まぁ、仕方ないだろう。
(今回のことは全面的に俺に否があるわけだし)
もしも、倒れたのが亜玲の前じゃなかったら――俺はどうなっていたのか。想像もしたくない。
「あの子もよく耐えたわね。私、感心しちゃったもの」
「……はい」
「今後はこのようなことがないようにしなさい。いいわね?」
視線を向けられて、俺はこくりとうなずくことしかできなかった。
女性は俺の返答に満足したのか、立ち上がる。カーテンの外に出て行こうとして、最後に振り返った。
「きちんとお礼はしなさいよ。あと、出て行くときに使用者リストに名前を書くこと」
「……わかりました」
俺の返事を聞いた女性はカーテンをサッと閉めてベッドから遠ざかっていく。
身体はまだ気怠く、俺は自然と横になった。
(なんで、こんなことになったんだろ……)
元々ヒート自体不安定な周期だった。けど、まさかこんなに早く来るなんて。
(それに、亜玲は――)
亜玲にとって、ヒート状態の俺は襲うに最適だったはずだ。
番にしたところで、俺のヒートに当てられた――といえば、全部済んだはず。
なのに、亜玲はそうしなかった。俺を助けた。自分の欲望を抑え込んだ。
「なんだよ、意味わからねぇって……」
亜玲の言っていることとやっていること。全部がちぐはぐに見えた。
……今更かもしれないが。
(俺に嫌われたくないのに、嫌われようとした。俺を番にしたいのに、番にする絶好のチャンスを逃した)
あいつの気持ちは、俺にはちっともわからない。
わかろうとしても、わからないだろう。亜玲は、一体どうしたいんだ?
(俺は亜玲のことが知りたいよ。行動も言動も、全部ちぐはぐなお前の本心が。そして――お前がなにを抱え込み、なにを恐れているのか)
亜玲が怖がっているものの正体はなんなのだろうか。
亜玲みたいなやつが、俺に縋らないと生きていけないほどの存在とは――なんなのだろうか。
「はぁ、なんもわからないなぁ。……とにかく、少し休んだら帰ろう」
明日、亜玲に会えたら、今日の礼を言わなくちゃ――。
頭の中はそんなことでいっぱいで、俺はふわぁと大きなあくびをして、横になり瞼を落とすのだった。
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