33 / 39
3-6
倒れてから数日が経ち。
数日休んだこともあり、体調はすっかり良くなった。
「しかし、倒れたなんて聞いたときは驚いたよ」
「……ご心配をおかけしまして」
南場先輩の言葉に俺はそういうことしか出来なかった。
対する先輩は「本当にな」と言いながら空を見上げる。
「そこがお前の悪いとこだよな。肝心なところの自己管理ができていないっていうか」
「返す言葉がございません」
オメガなのだから、ヒートについて気を付けるのは当然のことだった。
……たとえ、ほかに考えることが多かったとしても。
「けど、幸運だったじゃんか。助けてもらえたんだろ?」
「……そう、ですけど」
歯切れの悪い俺の言葉を聞いた先輩が立ち止まる。
「その倒れてくれた相手が、亜玲だったんです」
続いた俺の言葉に、先輩はなにも言わなかった。
「俺、亜玲の考えていることがわからなかった。ただ、このことでさらに分からなくなって」
誰かに話したら、頭の中を整理することができるかと思った。でも、効果はない。
「どうしたらいいんでしょうか……」
先輩の意見を聞きたかった。
顔を上げて先輩を見つめると、先輩は大きくため息をついた。
「なんでそれを俺に言うの」
「……先輩にしか相談できないからですね」
こんなことを相談できるほど気を許している相手は、先輩だけなのだ。
「あのさ、祈。たとえば、俺が『きっとからかわれただけだよ』って言ったら、どうするの?」
先輩の双眸が俺を見下ろした。強い目力に押されて、息を飲む。視線を逸らした。
「祈は俺の言葉を信じて、俺の言うとおりにするのか? そんなわけないだろ」
大きなため息がもう一度聞こえた。
「愚痴くらいならいくらだって聞く。こういう恋愛事以外の相談なら人生の先輩としていくらでも乗る」
「えっと」
「ただ、俺は祈の恋愛相談は受けたくない」
意志の強い言葉だった。俺の言葉程度じゃ先輩はこの意見を変えないだろうともわかる。
「祈は自分がどれだけ残酷なことをしてるか、わかってるの?」
「残酷なこと」
「鈍いところが好きだよ。でも、今ばかりは腹が立って仕方がないんだ」
俺を置いて行こうとするみたいに、先輩が早足で歩きだす。慌ててついて行ったけど、途中で先輩が立ち止まった。
そのせいで俺は先輩の背中に顔を強打してしまう。
「……あれって」
小さな声に導かれるように顔を上げた。
先輩の視線の先には、二人の男。小柄な男が、長身の男にしつこく話しかけているみたいだ。
「――亜玲」
そこにいたのは、亜玲と城川だった。
城川は一方的に亜玲にまとわりついており、亜玲は適当に相手をしているように見える。
でも、亜玲はちらちらと城川を見ている。その視線を城川は嬉しそうに受け止めていた。
「よくやるよな、アイツら」
先輩の呆れたようなつぶやきが耳に届く。
俺はなにも言えずにじっと二人の様子を観察した。
(城川は亜玲が好き。対して、亜玲は城川をどう思ってるんだ?)
城川は自分は亜玲に好かれていない――みたいなことを言っていたけど、実際はどうなんだろうか。
少なくとも、今の亜玲は城川をそこまで邪険にはしていない。
胸が苦しくなる。亜玲は俺を「好き」だと言っておいて、ほかのやつにもいい顔をするんだろうか――?
(なんで、こんなことで傷つくんだよ。今まで当然のことだったじゃんか)
疎遠だったじゃんか。俺と亜玲の間には距離があったじゃんか。
……たった一度関係を持っただけで、俺って面倒なやつ。
自分の変化に戸惑いつつ、亜玲たちから視線が離せない。
ただひたすらじっと二人を見ていると、亜玲が振り返った。……俺と亜玲の視線が、ばっちりと合った。
ともだちにシェアしよう!

