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慌てて視線を逸らそうとしたのに。逸らせなかった。
亜玲を見つめて俺は固まる。
「――祈」
亜玲が俺のほうに大股で歩いてくる。
俺の真ん前で立ち止まった亜玲は、俺の額に手を当てる。
「もう、大丈夫なの?」
心配そうに俺の顔を覗き込んでくる亜玲。俺は首を縦に振ることしかできなかった。
「そっか、よかった」
笑みを浮かべて、亜玲は胸をなでおろす。
「その、亜玲。この間は、ありがと」
途切れていたけど、お礼は言えた。
「お前が助けてくれなかったら、俺、どうなってたか」
「ううん、気にしないでいいよ」
笑った亜玲の袖を城川がつかんだ。亜玲が城川に視線を向けると、城川は「行きましょ」と言って亜玲の腕に自分の腕を絡める。
「今日は僕と一緒にいてくれるって約束じゃないですか」
城川の声は大きかった。まるで、俺に聞かせようとしているみたいだ。
「……あぁ、そうだった。祈、今度からは気を付けてね」
亜玲が城川の腕を振りほどくことなく、歩いていく。最後にちらりと振り返り、亜玲は俺に向かって手を振った。
このあと、二人は何処に行くんだろうか。
(今日は、二人で一緒にいるんだな)
胸がざわついた。
亜玲はなんで城川と一緒にいるんだろうか? 俺のことを好きって言っておきながら――ひどい。
(違う。酷いのは俺だろ)
こぶしを握った。隣に立つ先輩が、俺の肩に優しく手を置いた。
「祈、お前本当は――」
先輩は最後まで言わなかった。途中で口を閉ざしてしまったのだ。
「……今日、このあとどうする?」
露骨に話題を逸らしているのはわかる。けど、むしろありがたい。
俺は一度だけ息を吐いて、笑みを浮かべた。
「予定もないので、ゆっくりするつもりです」
「そうか。じゃあ、一緒に夕飯でも食うか? 快気祝いにおごってやる」
「え、ありがとうございます!」
大学生にとって、食費が浮くのはとてもありがたい。
先輩のほうに身を乗り出すと、先輩が一瞬だけ苦しそうな表情になる。でも、すぐに元の表情に戻った。
「俺は祈が好きだよ。『可愛い後輩』だから」
俺の頭に乗った先輩の大きな手。
髪の毛をわしゃわしゃと乱暴に撫でる先輩の手は温かい。
「それじゃ、なに食べたいか考えておけよ。……またあとで」
「はい」
このあと先輩は講義があるので、一旦お別れだ。
対する俺は今日はもう終わり。一度アパートに帰ってもいいけど、先輩と合流するならこのままキャンパス内で時間を潰すのが理想だろうか。
(なんか最近、先輩が冷たい気がする)
具体的には亜玲と身体の関係を持ってから――。
先輩には関係ないし、そもそも先輩は知らないはずだ。
(俺と距離を取りたいのかな。……そうだったら、悲しいな)
もしかしたら、俺は無意識のうちに先輩を不快な気分にしてしまったのかも――。
(きちんと謝ったほうがいいのか? だけど、気のせいだったら変なやつって思われそうだし)
先輩なら気のせいでも笑って流してくれるだろう。だから、心配なことがあるなら謝るべきだって、わかってる。
ただ、先輩は誤魔化しそうだ。
「なんでもない」といって「心配しすぎ」と笑いそうだ。
確信していた。真正面から先輩に謝っても――先輩は本音を話してくれないだろうと。
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