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黙り込んだ俺の肩を、礼音がぱんっとたたく。いい音が鳴ったな、なんて頭の片隅で思った。
「あいつの中心にいるのは、今も昔も祈だよ」
静かに淡々と言われると、さすがの俺も信じるしかできない。
それに、礼音はこんな場面で嘘をつくようなやつじゃない。幼馴染として、理解しているつもりだ。
「亜玲と真剣に向き合ってやれよ」
今度はぽんぽんと肩をたたかれた。
励ますような手つきに、ちょっとだけイラっとする。お前はそういうキャラじゃないだろ。
「……ありがと」
けど、こういう相談をできるのは結局礼音だけだ。
小さく礼を言った俺に向かって、礼音は「おう」と返してきた。
「お前らがくっついたら、俺の肩の荷も下りるしな」
「別に俺らのことなんて気にしなくていいだろ」
「気にするって。……俺、これでもお前らのこと大切に思ってるんだぞ?」
正面から「大切」って言われると、胸がむずむずする。照れたように視線を逸らした俺を見て、礼音が声をあげて笑う。
「――というわけで、アドバイス代として女の子紹介して!」
キャンパス内を苛立ちながら歩く。
礼音はどこまで行っても礼音だった。結局、紹介が目当てだった。
(いや、まぁ。うん。あれでこそ礼音だけど)
むしろ、最後の言葉がくっついていなかったら、あいつが本当に礼音なのか疑ったレベルだ。
けど、さすがに今言うことじゃないだろう。そもそも、俺に女の子の知り合いなんてほとんどいない。
(はぁ、礼音って本当に役に立たないな)
俺と違って恋愛経験豊富なくせに――と心で悪態をついた。
キャンパス内ではいろんな人が歩いている。楽しそうに歩いている人もいたら、神妙な面持ちの人もいる。
「――あ」
そんな人ごみの中、俺は見つけた。違う、見つけてしまった。
「――亜玲」
ここのところよく口にしているためか、その名前はやたらと口に馴染んでいる。
すぐに見つけられるほど、亜玲は目立っていた。高い背丈と美しい顔立ち。ふわりとした触り心地のいい髪。
心臓がきゅうっと締め付けられた。
(本当、俺、亜玲に心乱されっぱなしだ)
ついつい立ち止まった。亜玲はこちらに背中を向けていて、俺のことを認識していない。
どんどん遠のいて、人の中に紛れていく亜玲。俺の心に焦燥感が生まれる。
焦燥感はどんどん膨らんで、俺を急かす。
早く追いかけろ。早く――行け。
頭の中で鳴り響く声から逃れるように、俺は首を横に振る。
(違う。俺は、亜玲のことなんて――)
強く強くこぶしを握る。
頭の中で、先ほどの礼音の言葉がループした。
『亜玲と真剣に向き合ってやれよ』
本当に俺は、このまま亜玲から逃げっぱなしでいいのだろうか――?
結局、考えるより早く身体は動いていた。人ごみの中を駆け足で移動して、亜玲の背中を追いかける。
一度は遠くなった背中が、どんどん大きくなる。
(――亜玲)
あと、ちょっとだった。
そのとき、人にぶつかった。驚いてふらついた俺の身体を、ぶつかってしまった人が支える。
「おっと」
たくましい腕が腰に回った。
「大丈夫――って、祈?」
聞き覚えのある声に顔をあげると、そこにはほかでもない先輩がいた。
「前方不注意、危ないよ」
「は、はい」
先輩がにこりと笑って、注意を口にする。俺は反論することもなくうなずく。
「というか、だれか追いかけて――」
「祈」
先輩の声に重なるように、名前を呼ばれた。
声の聞こえたほうに先輩が視線を移す。小さく「上月か」と先輩がつぶやいたのが、俺の耳にも届いた。
「……なんで、俺のこと知ってるんですか」
亜玲が眉をひそめて、先輩を見つめている。まさに一触即発といった雰囲気だ。心なしか空気もぴりついている。
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